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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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創価問題新聞事件 第5回
醜態を繕う弁明

 矢野と朝木はいまだに「レストランから万引き事件当日の注文リストを提出されていない」などと主張しているが、矢野が平成7年10月の取調べにおいて取調官から当日の「リスト」を提示されていたことは取調べのやりとりの矢野の反訳以外でも明らかだった。矢野自身が別件裁判での尋問で「リスト」を見せられたことを認めており、朝木も別件裁判の陳述書でその旨を述べている。具体的にみよう。



(許さない会裁判・平成14年11月28日)

許さない会代理人  ○○課長代理(取調官)と10月7日、明代さんがもうなくなった後ですね、この問題(食事内容)で話し合ってる。このときは、もうあなたの頭の中では、この日食べたのは日替わりランチであるというふうに思ってたわけね。

矢野  さきほど申し上げたとおりですが。

代理人  ところがこの日、○○さん(取調官)のほうから、乙60号証(矢野作成の反訳書)のやりとりをみると、当日、日替わりランチはその時間帯、あなた方がそこに行ったという2時半から3時半の間の時間帯には、もう日替わりランチ切れてますよと、お店では売ってませんというふうにいわれたということは記憶してますか。

矢野  売り切れたという時間を聞いたら、何か12時前なのか1時前なのかよくわからなかったんですね。で、そのときに今朝がた作った21食、日替わりランチを作ったというリストを見せられました、手書きの。これじゃあ○○さん信用はできないでしょうと言ったんですよ。本物を出したらすぐアリバイがあるかないかわかるんだから、出したらいかがですかと、出しますよ出しますよと言ってましたけど、最後まで出さなかったですね。

代理人  そのときには、日替わりランチが切れてるといわれて、あなたはびっくりした。

矢野  びっくりしたんじゃなくて、通常50食作るらしいということは聞いておりましたから、20食ぐらいで、それも12時に売り切れたのか1時に売り切れたのかわからないようなことじゃ、これは信憑性ないですよね。

代理人  それ信憑性ないですよじゃなくて、そのとき指摘した?

矢野  何をですか?

代理人  そのときそれは信用できないと。

矢野  さきほど申し上げたとおりです。

代理人  指摘した。

矢野  ええ、こんなことじゃ朝木さんに罪を着せるようなことになりますよと、だから6月19日のレジジャーナルそのものの写しをお出しになったほうがいいんじゃないですかというふうに言いました。
 
代理人  ○○さん(取調官)が「ただ、2時12分の時点では、『日替わり』がないんです。」とおっしゃった。で、あなたは「ええっ? ウソっ!」というふうにいっている。で、○○さんは「ホントなの。だから、私がそれを先生(朝木明代)に聞いたの。」、で、矢野さんは「ウソだ。」と、で、○○さんは「先生、そうなんですよ。」というふうにおっしゃった。

矢野  これはだから信用できないという、そのもの自然な表現だと思いますが。

代理人  今聞きたいのは、あなたが今おっしゃった、出しなさいよと、もともとのやつを、というのはどこでいっているの。信用できないとかいう話。

矢野  この中にたしかあったと思いますが、そういうやりとりをしてると思いますけどね、ちょっと今すぐにはわからないですけどね。たしか会話の中でいってます。



 ここで矢野は、リストを見せられたことを前提に、その場で「それは警察側が作成したもので信用できない」と指摘したと主張している。しかしあらためて矢野が提出した反訳書をつぶさに検証したが、矢野は何度も自分の「記憶違いもある」と弁解してはいるが、リストが「信用できない」とか、「ジャーナルを出しなさい」などという発言はどこにも存在しない。



(平成14年3月4日付朝木直子陳述書)

〈原告らの調査に対して従業員は(日替わりランチは)1日50食用意している旨の回答がありましたが、原告矢野議員が○○課長代理(取調官)から東村山警察署で示された署員作成の集計表によると、当日の日替わりランチは合計20食と記載されていたものであり、全体の調理数を敢えて少なくしている可能性が濃厚だといわざるをえないのであって、いまだに、レジジャーナルの写しが公表しない警察側の態度からしても、改ざんされた可能性は極めて大きいといわざるをえません。〉



 朝木はこの陳述書において、警察が作成したリストは「改ざんされた可能性は極めて大きい」と主張している。しかし重要なのは平成7年10月7日、矢野が取調官からリストを示されたこと、またそれに対して矢野がその場でリストの信用性についてなんらの反論もできなかったという事実である。

 矢野と朝木が中田弁護士を通じてレストラン側にレジジャーナルの謄写・閲覧を求めたのは矢野の取り調べから9カ月もあとの平成8年6月4日にすぎない。警察が作成したリストに改竄があり、それが明代のアリバイを証明する上で重要であることを認識していたのなら、矢野はただちに謄写・閲覧を依頼しなければならない。矢野と朝木がそれをなぜしなかったのか。きわめて不可解というほかない。

提出されない録音テープ

 平成7年10月7日はアリバイに関する取り調べに先立って、転落死関係の事情聴取も行われていた。その際矢野は、素直に調書の署名に応じている。ところが取り調べがアリバイに移ると、矢野は「(何を食べたかについては)あの地検では言ったんだわ。……だから、それはちょっと勘弁してもらいたいんだけど」となぜか東村山署では「日替わり」のアリバイ供述を渋っている。

 万引き事件があった時間帯に矢野が明代と本当に「日替わりランチ」を食べていたというのが真実なら、矢野は地検であろうと警察であろうと堂々と事実を述べればいいだけである。それを矢野はなぜ、東村山署においては供述を渋ったのか。明代が主張した「レギュラーランチ」が否定されたあと、矢野は急遽メニューを「日替わり」に切り換えた。しかしこれが、事実を「思い出した」のではなく、たんに明代の主張したメニューが否定されたからという理由のみによるものだとすれば供述を渋った理由も理解できよう。

 実際にアリバイ捜査をしたのは地検ではなく東村山署である。矢野は明代のアリバイが崩された取り調べの一部始終を知っていた。そこで矢野が別のアリバイを主張するということは、明代のときと同じように矢野もまたアリバイを崩される危険性があるとみるべきだった。それにアリバイの話となると矢野もりっぱな当事者である。今度は矢野が当事者として追及される可能性が高い。おそらくそれらを直感した矢野は、「ちょっと勘弁してもらいたい」と身構えたということではなかったか。

 矢野が法廷に提出した取り調べの反訳からは、その日、矢野は「日替わり」だったと自白させられた上で万引き事件当日の「リスト」を突きつけられ、追い詰められていった状況がうかがえる。もちろん取調官は、矢野が地検でそれまでの「レギュラー」から「日替わり」にメニューを変えたことを知っていた。つまり、あえて矢野に「日替わり」といわせ、追い詰めようとしたのがこの日の取り調べだったようにみえる。

「リスト」を突きつけられ、「記憶がはっきりしない」と逃げるしかなくなった矢野にとって、当然ながらこの取り調べの結末は芳しいものとはいえなかっただろう。なぜなら矢野は、アリバイの取り調べについては調書化を拒否したのである。7月12日、自ら自発的かつ積極的に主張した「レギュラーランチ」のアリバイが崩され、調書に署名しないまま退出した明代の場合と状況はきわめて似ていよう。

 矢野と朝木の反訴に対し千葉は答弁書で、矢野側に対してテープを提出の上、主張事実を立証するよう求めた。しかし矢野が録音したテープが提出されることはなかった。

 この年(平成15年)の11月、矢野と朝木は『東村山の闇』を出版。千葉はその記載内容について平成16年3月5日提訴した。その後、本件裁判は矢野の反訴に加え、『東村山の闇』裁判とともに同じ法廷で扱われることとなった。

(その6へつづく)


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