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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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「創価問題新聞事件」最高裁判決 第2回
 平成7年9月1日に朝木明代が転落死(自殺)を遂げて以後、矢野穂積と朝木直子は多くの裁判を起こし、「万引き冤罪」と「他殺説」を主張してきた。彼らの主張はすべての裁判で排斥されたが、この高裁判決ほど彼らの主張に沿って具体的かつ明確に否定した判決はない。だからこそよけいにこの判決は、矢野と朝木にとってとうてい受け入れられるものではなかった。

上告理由書の主張

 矢野と朝木が東京高裁に対して上告受理申立書を提出したのは平成20年2月16日。同年4月8日には上告受理申立理由書を提出している。では、矢野と朝木は理由書でどんな主張をしていたのか。
 
 この裁判で矢野と朝木が唯一新たな根拠として主張したのは、法医学者の鈴木庸夫が司法解剖鑑定書を「鑑定」したという傲慢きわまる代物だった。一般に裁判などでは、司法解剖鑑定書に記載された事項の判断をめぐり、司法解剖鑑定書を「鑑定」することは珍しいことではないという。問題はその内容ということになろう。矢野と朝木が理由書でまず主張したのは、鈴木名誉教授の「鑑定書」の内容を東京高裁が採用しなかった(否定した)点だった。参考までに理由書における彼らの主張をみよう。



〈(法医学者の鑑定意見が証拠となっている場合における、裁判所の判断の在り方に関する最高裁判例)
 最高裁判例は「責任能力判断の前提となる精神障害の有無及び程度等について、専門家たる精神医学者の鑑定意見等が証拠となっている場合には、これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り、裁判所は、その意見を十分に尊重して認定すべきである」(最高裁判例)
 とし、「専門家の鑑定意見等を採用し得ない合理的な事情が認められる」場合というのは、「専門家たる精神医学者の鑑定意見等が証拠となっている場合には、これを採用し得ない合理的な事情が認められる」場合であるとしている。
 ……本件司法解剖鑑定書の記載事実及び「上腕内側部に皮下出血を伴う皮膚変色痕の存在」に関する判断についても、臨床経験のある法医学者の意見が鑑定等として証拠となっている場合には、同様に「これを採用し得ない合理的な事情が認められるのでない限り、裁判所は、その意見を十分に尊重して認定すべきである。」〉



 専門家の鑑定意見に耳を傾けるべきであるとは、一般論としては最高裁も認めるとおりでなんら異論はない。ただ、最高裁の判示に従えば当然、明代の死因の鑑定結果については、裁判所はまず実際に司法解剖を行い、鑑定した東京慈恵医大の医師による司法解剖鑑定書を判断の基本とするべきということになろう。

 司法解剖鑑定書には明代の上腕内側部に皮下出血の痕があったことは記載されているが、この点について東京高裁は〈司法解剖鑑定書には、本件損傷が他人と争ってできた可能性があることをうかがわせる記載はなく、……明代が他人に突き落とされて本件転落死したことまで推認できるものでないことは明らかである。〉と判断しているとおりで、この判断は矢野が援用する最高裁判決になんら違背するものではない。

 法医学の「権威」であるらしい鈴木は、司法解剖鑑定書がなんらの指摘もしていないにもかかわらず、明代の上腕内側部の皮下出血の痕について「他人からつかまれた可能性が高い」と述べていた。しかしいかに「権威」であろうと、上腕内側部に皮下出血の痕があるというだけで、現場も遺体も見ないまま、それが他人からつかまれたものであると推認できるはずもない。

 さらに矢野と朝木は次のように主張している。



〈申立人ら(矢野、朝木)が鑑定を委嘱した鈴木庸夫名誉教授は、各鑑定書末尾に記載されている通り、学識、経歴、業績に照らしても申し分がなく、鑑定において採用されている前提資料の検討も十分であって、結論を導く過程にも、重大な破たん、遺脱、欠落は見当たらない基本的に高い信用性を備えているというべきである。〉

〈然るに、原判決は、「司法解剖鑑定書には、本件損傷が他人と争ってできた可能性があることをうかがわせる記載はなく」とした点で、すでに「法医学の常識」を踏まえない恣意的解釈により初歩的な誤りをおかしていて、むしろ「朝木明代議員の上腕内側部に存在する皮下出血を伴う皮膚変色痕は他人と揉み合いなど、争った跡であることが推認できる」とした鈴木鑑定が基本的に信用するに足りるものであるにもかかわらず、これを採用できないものとした原判決の証拠評価は失当であって、……原判決を破棄しなければ著しく正義に反する。〉



 確かに鈴木名誉教授の学識、経歴、業績は申し分のないものなのだろう。しかし、鈴木が鑑定にあたって矢野から提供された資料が十分なものといえるかどうかについては疑問がある。

 鈴木が鑑定書の「鑑定」資料としたのは司法解剖鑑定書、事件現場写真、救急隊長陳述書、救急隊員陳述書、救急活動記録表、(救急活動)再現ビデオに関する説明資料、救急医陳述書、別件判決書である。「権威」の鑑定が、多くの資料に基づいたものであることはわかるが、司法解剖鑑定書を除いて、これらの資料はいずれも二次的なものにすぎない。この「権威」の鑑定は明代の遺体という最も重要な一次資料を欠いている。

 鈴木は「鑑定書」で、救急隊員がつかんだ可能性を含め、上腕内側部に皮下出血が生じる可能性を検討し、最終的に救急隊員以外の他人からつかまれて生じた可能性が高いと結論付けた。しかし、断片的な資料のみでは明代が転落時に上腕内側部をどこかにぶつけた可能性を100%否定することはできない。東京高裁は「権威」の鑑定よりも司法解剖鑑定書の記載を重視し、次のように認定した。

〈(明代の上腕内側部に残された皮下出血の痕が転落時にどこかにぶつけるなどしてできた)可能性を否定する根拠も十分なものでないといわざるを得ず(鈴木医師が控訴人らから提供されて検討したとする乙56の1ないし8、57ないし61(上記「鑑定」資料)によって、他の可能性を否定することはできない。)、鈴木医師の鑑定書の上記記載は採用することができない。〉

 矢野のいうように鈴木教授の「鑑定」は「前提資料の検討も十分」だったのかもしれない。しかし東京高裁は前提資料自体が不十分と判断していることがわかろう。当然ながら、前提資料が不十分であれば十分な鑑定をすることはできない。こうして東京高裁は、〈本件転落死が殺人事件であると認めることは到底できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。〉と結論付けたのである。

遺体を見ない「鑑定」

 ところがこの「権威」は東京高裁の判断にプライドを傷つけられたと感じたのか、こう反論している(「鑑定補充書」)。



〈上腕内側に皮下出血がある場合は、まず第一に他人との揉み合いなど、争った跡を推定するのが「法医学の常識」である。個々の例では、他人と争った原因以外の原因で、上腕内側に皮下出血が生じ得る可能性を検討し、それらのすべてが否定されれば、この例の上腕内側の皮下出血は他人と争った際に生じたと言えるのである。
 ところで、亡朝木明代殿の左右上腕内側の皮下出血の成因として「他人と争った」以外の成因はすべて否定されるのであって、従って、亡朝木明代殿の左右上腕内側の皮下出血は、他人と揉み合った際に生じたこと以外は考えられず、他人と争った際に生じたと考えるのが妥当と認められる。〉



「法医学の常識」には、遺体を実際に観察することは含まないのか。遺体に残された皮下出血の痕を見ないまま、「他人と争った原因以外のすべての原因が否定された」とはいえまい。この「権威」の「鑑定書」には、一次資料である遺体の観察を欠いていることに対する自省はみじんも感じられない。科学に対する傲慢である。

 なお、司法解剖鑑定書には遺体の状況を特徴付ける16枚の写真が添付されている。その中には「上腕内側部」は含まれていない。鑑定医は死因を特定する上で上腕内則部の皮下出血の痕を重要とは認めなかったものと理解できよう。16枚の写真のうち「胸腹部の状態」を示す写真にはわずかに上腕内側部が映っているが、少なくともその写真によっては「他人からつかまれた痕(指の痕等)」と推認できるような痕跡を確認することはできない。

(つづく)
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テーマ:裁判 - ジャンル:政治・経済

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