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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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「創価問題新聞事件」最高裁判決 第5回
「創価問題新聞」裁判の控訴審判決で東京高裁は、朝木明代の「万引き」とそれを苦にしたとみられる「自殺」について、矢野と朝木がそれを否定するために持ち出した「目撃者証言」、「万引き当日の明代の服装の再現写真」(以上、万引き事件)、「上腕内側部の皮下出血の痕に関わる法医学者の鑑定」(転落死)をすべて否定し、

〈明代が万引きをしていない(本件窃盗被疑事件がえん罪である)と認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない〉

〈本件転落死が殺人事件であると認めることは到底できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない〉

 と結論づけた。この東京高裁とその判断を追認した平成21年7月3日の最高裁判決ほど、矢野と朝木の主張する「万引き冤罪説」と「他殺説」を明確に否定した判決はなく、その点においてこの判決はきわめて重要な意味を持つ。

「創価問題新聞」判決を「否定した」という虚偽宣伝

 一方、矢野と朝木が「万引き冤罪」と「他殺」を主張して平成15年に発行した『東村山の闇』の記述をめぐる裁判では平成21年3月25日、東京高裁は一審判決を覆して千葉の請求を棄却する判決を言い渡し、「創価問題新聞」の最高裁判決から11日後の平成21年7月14日、最高裁は千葉の上告を棄却する判決を言い渡した。裁判官は独立した存在で、法律と最高裁判例以外には拘束されないとはいえ、同じ事件をめぐる裁判であるにもかかわらず、主文においてなぜこれほど正反対の判決になったのか。

「東村山の闇」事件の最高裁判決後、矢野はホームページでこう書いている。



〈7月14日、最高裁は、千葉元副署長の申し立てを却下する決定を行い、最終的に、矢野、朝木両議員の勝訴が確定しました。
 この結果、千葉元副署長が、これまで矢野、朝木両議員を提訴した合計11件の裁判がすべて終了し、最高裁の最終的な朝木明代議員殺害事件に対する判断が示されたことになります。〉

〈この最高裁決定の11日まえの7月3日には、同じく千葉副署長が提訴していた「創価問題新聞」で、最高裁は、東京高裁(7民)の事実を意図的に書き換えた判決を追認する決定をだしていましたが、最高裁はその直後の7月14日の決定で、これらをすべて否定する最終的判断を下したことになります。チバ元副署長、ごくろう様でした。〉



 矢野は「千葉元副署長が、これまで矢野、朝木両議員を提訴した合計11件の裁判がすべて終了し、最高裁の最終的な朝木明代議員殺害事件に対する判断が示された」と、あたかもその11件の裁判に連続性があるかのように主張し、その上で「最高裁はその直後の7月14日の決定で、これらをすべて否定する最終的判断を下したことになります」と書いている。矢野は「最後の判決」である7月14日の最高裁判決で勝訴した自分が最終的には勝ったと主張しているのである。つまりこう書くことで矢野は、「万引き冤罪」と「他殺説」が認められたのだといいたいらしい。

 しかし、裁判官の独立は憲法で保証されているから、裁判官を拘束するものは法律と最高裁判例以外にはない。たとえ同一の事実背景を持つ裁判であってもそれぞれの裁判はすべて独立したもので、矢野のいう11件の裁判にしても、訴えの対象は時期、媒体、表現が同一ということはなく、事実認定の部分で心証として裁判官の判断に影響を与える可能性はあっても、裁判そのものの連続性は存在しない。したがって、「最高裁はその直後の7月14日の決定で、これらをすべて否定する最終的判断を下したことになります」とする矢野の主張は虚偽あるいは情報操作にほかならないことになる。矢野はこう主張することによって「創価問題新聞」判決を否定したかったのである。

「創価問題新聞」裁判と「東村山の闇」裁判の違い

 では、「創価問題新聞」裁判と「東村山の闇」裁判で正反対の判決となったのか。問題となったそれぞれの表現を確認しておこう(いずれも一審判決で名誉毀損が認められたもの)。



「創価問題新聞」裁判の表現

(見出し)
〈証人尋問〉〈「謀殺」の構図が〉

(本文)
〈前号予告の通り、朝木議員殺害を、自殺扱いした千葉元副署長の証人尋問が2月7日に、「冤罪」の朝木明代議員を「万引き犯」と決め付けた○○洋品店主(万引き被害者)の尋問が2月7日と23日に行われました。
 が、千葉副署長は、熊谷グループと一緒に、自分と関係がない事件なのに○○(万引き被害者)尋問を傍聴。7日も23日も尋問終了後、○○店主夫婦と千葉副署長は人目もかまわず、法廷の外で公然と打合せ。誰がみても、グルになっている風景です。
 ○○店主の目撃証言や千葉元副署長の捜査が全くデタラメだったことが判明しましたので、次号から連載で報告を掲載します。〉

「東村山の闇」の表現

〈「事件の中で登場する『キーパーソン』の何人かについて触れておくことにしたい。」
「第二番目は、(中略)東村山警察署の千葉英司副署長。このひとも重要な登場人物だ。千葉副署長は、朝木明代議員事件の捜査責任者であり、報道関係者に対する広報責任者である。この千葉副署長は、1995年7月12日に朝木明代議員を『万引き容疑』で書類送検した。1995年9月1日の殺害事件発生直後は、捜査結果判明した事実をどんどん書き換え、『自殺説』を広報した。」〉

〈千葉副署長の「万引き」、「自殺」という判断も、2002年3月28日の判決によって否定された。また、報道関係者に対して発表した内容が、ころころ変わっていった。〉

〈東村山警察は動かなかった。動かないだけでなく、朝木明代議員自身が「飛び降りてない」というダイイング・メッセージをはっきり残しているにもかかわらず、事実を書き換えるようにして、自殺説をことさら強調していった。千葉英司副署長が、事実と異なる広報をしたり、ろくな捜査をしていない点を週刊誌の記者が指摘すると、逆ギレして、出入りを禁止するなどした。真剣な「捜査」がなされる様子は全くみられなかった。〉



「創価問題新聞」と「東村山の闇」とでは表現が異なっており、双方がまったく別の裁判であることは明らかである。だが、いずれの記事も、趣旨としては千葉が「ろくな捜査もせず、朝木明代を万引き犯扱いし、転落死も他殺であるにもかかわらず自殺として処理した」とするもののように思える。にもかかわらず、判断が分かれた理由はどこにあったのだろうか。

 また本当に、「東村山の闇」裁判の最高裁判決が、矢野と朝木が主張するように「最高裁はその直後の7月14日の決定で、これら(『創価問題新聞』裁判の高裁および最高裁判決)をすべて否定する最終的判断を下したことになります」と評価すべきものなのか。

(つづく)
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テーマ:裁判 - ジャンル:政治・経済

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