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「創価問題新聞事件」最高裁判決 第8回
珍しい一行

「創価問題新聞」判決をめぐる矢野と朝木の情報操作とデマ宣伝にいち早く同調を示したのは「行動する保守」と自称する者たちだった。そのうちの1人は、矢野が掲示した最高裁にスパイ活動の撲滅を求める「申出書」なるものをさっそく自らのブログに貼りつけた。

 この人物は法律関係の国家資格を持っているらしいから、裁判所の一般的な事務処理の実務に照らし、「矢野議員の言い分はもっともだ」と判断して掲示したのだろうか。その判断ははなはだ軽率ではないかと思うが、仮にただ引用しただけだったとしても、引用だからといって引用の内容に関して彼が責任を免れるわけではない。国家資格者の社会的信用に深い傷をつけることにならなければよいが。

 ところがその後、引用や同調とは比較にならない、通常ではあり得ない出来事が起きた。「東村山の闇」判決から10日後の平成21年7月24日、「行動する保守」の一行十数名が最高裁前にやって来た。もちろん一行は最高裁の見学に来たわけではなかった。彼らは明代の「万引き冤罪説」と「他殺説」を排斥した「創価問題新聞」判決を追認した最高裁に抗議するために来たのである。

 稚拙あるいは無知といえばいいのだろうか。最高裁に対する街宣などというものを発想すること自体、きわめて珍しかろう。裁判所という場所は法的根拠(最低でもそれらしきもの)をもって書面を提出すれば、大きな声を出さなくても対応してくれるが、通常の役所や企業などとは違い、ただ建物の前で大きな声を出したり抗議したからといってなんらかの対応をしたり、ましてなんらかの社会的、法律的効果を生むような機関ではない。「行動する保守」だから、社会常識など関係ないということなのだろうか。いずれにしてもきわめて珍しい一行というべきだろう。

はなはだしい考え違い

 最高裁前で最初にマイクを握ったリーダー格の「行動する保守」Aはこう口火を切った。



〈今月の7月3日と7月14日にですね、この最高裁判所で確定した高裁判決が2つあります。この2つの事件は原告被告が同じであり、同じ事件をめぐって名誉毀損で争われ、片方の裁判、当事者はですねえ、千葉英司という東村山署の副署長の訴えがこれが認められて、最高裁判所で確定しました。(筆者注=「創価問題新聞」事件)

 そしてもう1つ、14日にはですねえ、まったく同じ裁判で、同じ当事者同士で、しかも同じ事案を扱った事件で、今度はですねえ、東村山署の、東村山市議の矢野さんと朝木さんがですねえ、高裁で逆転勝訴したものが認められた(筆者注=「東村山の闇」事件)。つまり3日と14日、この間はたった11日しかありません。
 
 何がいいたいのかといえば、この最高裁判所においてですねえ、同時に1つの案件が審理されていて、まったく違ったですね、結論がこの最高裁判所によって確定したわけであります(デタラメだー)。……中略……

 であればですねえ、これは正していかなくてはなりません。なぜならば、真実は1つなんです。そのことに対してですよ、この3日の日と15日でまったく異なる最高裁の確定がなされた。この異常事態というかですねえ、この最高裁判所における、あえて申すならば、裁判というかですねえ、もっといわせていただけるならば、デタラメぶり、これを今日われわれは糾弾しにやってまいりました。

 この事件の詳しいことについて触れる前にですね、まず最初に断っておきますけれども、3日の最高裁判所における判決は、これは不当な判決の確定であります。そして15日におけるですねえ、最高裁の判決は、これはですね、これは正当で正しい判決であります。

 なぜならば、まず最高裁はですね、最初3日に下された不当な判決をですね、これを知らないはずはありません。にもかかわらず、その11日後にはですね、それとまったく逆な判決を確定させているわけですから、これはどう考えてもですね、この15日に下された判決の方が正しい判決である。そういうふうにわれわれは思っているわけであります。〉



 この「行動する保守」Aの論旨は、「創価問題新聞」事件と「東村山の闇」事件が同じ事案を扱った事件だから、先に出た判決よりも後に出た判決の方が当然正しいと主張しているものと理解できる。矢野の「最高裁はその直後の7月14日の決定で、これらをすべて否定する最終的判断を下したことになります。」とする詭弁を鵜呑みにしたのだろう。

 この2つの事件に対する裁判所の捉え方の違い、および2つの裁判に連続性がないことは本連載(第5回第6回)で説明したとおりである。「行動する保守」Aが、後から出た判決という理由で「東村山の闇」判決が正しく、「創価問題新聞」判決が間違っていると考えたとすればはなはだしい考え違いというほかなかろう。

 また確かに、「行動する保守」Aがいうように真実は1つである。しかし、そのことと裁判で名誉毀損が成立するか否かは別の問題で、1つの真実に対して裁判所が矛盾する態度を示したということを意味しているのではない。「行動する保守」Aは後から出た判決の方が正しいとし、だから「創価問題新聞」判決を糾弾するという主張らしいが、2つの判決の真実に対する態度は必ずしも矛盾するものではないということを「行動する保守」Aはよく理解していないように思える。

 2つの最高裁決定についてどう考えるかは自由だが、「行動する保守」のリーダー格としては、人前で考えを披瀝する場合には事前に熟慮した方がよかったのではあるまいか。リーダーが方向を誤れば、彼を信頼する者たちすべてが方向を誤ることになりかねないのである。

(つづく)
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テーマ:裁判 - ジャンル:政治・経済

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