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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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第2回朝木明代追悼街宣(後編)
矢野と朝木に代わり傍聴席を撮影

「行動する保守」の中には、右翼らと距離を置きたいと考えているようにみえる矢野と朝木の本音をまったく疑っていないと見える人物もいる。「行動する保守」Aが「若手のリーダー」と高く評価している法律関係の国家資格保有者D(法律家といえるかどうかは定かではない)である。西村裁判の2日後、東村山市議会本会議をDが仲間とともに傍聴に来た。その日は矢野と朝木の一般質問の日だった。なんらかの応援に来たものとみられた。

 ただやはり、「行動する保守」の応援の仕方は常識とは大きくかけ離れていた。Dらは傍聴席の右翼に陣取り、午前10時に矢野の一般質問が始まるとビデオ撮影を始めたが、そのうち傍聴席をぐるりとなめ回すように動かしたのである。以前にも「行動する保守」Aとその弟子が東村山市議会を傍聴に訪れた際、傍聴席を撮影し、無修正のままインターネット上に公開して議会で問題視されたことがあった。指導者が指導者なら、その薫陶を受けた「若手のリーダー」も、議会で一般市民の傍聴の権利を脅かすのが右翼だと考えているのか。たまりかねた傍聴人の1人が議長にこう注意喚起した。

「あちらの傍聴人が傍聴席を撮影しています。やめさせてください」

 すると、矢野はすかさず議長にこういった。

「(傍聴規則には傍聴人が傍聴席の撮影を)やってはいけないとは、書いてはいない」

「宇留嶋だっていつも動画を撮ってるだろう」

 この議員もまた、傍聴人が傍聴の権利を脅かされてもかまわないと考えているようである。「草の根市民クラブ」とは、どういう「人権派」「庶民派」なのだろう。あるいは、今問題とされているのが撮影行為そのものではなく、撮影したのが議場なのか傍聴席なのかであるということが矢野はわかっていないのだろうか。

 いずれにしても、矢野のこの発言はDが傍聴席を撮影していたことを認めたということであり、傍聴席を撮影することを容認したということである。また、それまで質問していた矢野にDがそれまでどこを撮影していたかを確認できる可能性はきわめて低く、ということは矢野と朝木はDがどこを撮影するかを事前に知っていたということになると理解できるのではあるまいか。

 Dが傍聴席を撮影することを矢野と朝木が知っていたとすれば、市会議員として注意すべきだろう。ところが注意するどころか、傍聴席の撮影を容認するとは、やはりこの2人の市会議員も尋常ではない。

 かつて矢野は議場から傍聴席を撮影して議長から注意され、朝木は平成21年6月議会の開会中に傍聴人を撮影して議長から注意されたばかりである。その矢野と朝木がDの傍聴席の撮影を事前に知りながら容認したということは、自分たちの撮影行為を非難されたことに対する逆恨みの気持ちでもあったのだろうか。矢野の発言は市会議員としては常識ではあり得ない発言で、逆恨みの気持ちがあったとしか考えられまい。

 Dらの傍聴席の撮影をめぐり、議長はただちに本会議を中断し議会運営委員会を開いた。浦安からやってきた「行動する保守」Dは傍聴席を撮影したことによって東村山市議会の議事進行を妨害したということになる。議員の委員以外は議場を出て控室に戻ったが、その際Dらが矢野と朝木の控室に入って行ったのが目撃されている。

 議会が再開され、議長は傍聴規則を確認しただけで特にDらに注意することはなかった。Dらもその後、傍聴席にはレンズを向けなかった。Dは「行動する保守」Aから「若きリーダー」と高く評価されているだけあって、注意されれば理解できないことはないのである。法律関係の国家資格を持ちながら、なぜこの程度の常識しか持ち合わせていないのかという疑問も当然だろうが、その後の傍聴態度の変化はそれなりに評価してやるべきだろう。

矢野に酷似した準備書面

 さて、その日、市議会本会議は4時前には閉会したが、「行動する保守」Dはその後再び「草の根」の控室に行き、夕方まで矢野、朝木と懇談していたようである。朝木明代追悼集会に顔を出さないなど、矢野と朝木は「行動する保守」一行から距離を置こうとしているように感じられるが、「行動する保守」一行の中でもとりわけDは矢野と朝木に尻尾を振ってついていこうとしているようにみえる。

 どんな事情があるのかは定かでないが、私がDとの裁判の過程で感じていたことが1つだけある。提訴後、Dは当初さいたま地裁川越支部から千葉地裁への移送を申し立てた。この申立の間は、Dの主張内容を除けばなんらの違和感もなかった。

 ところが本訴開始後、明らかにその文体、言い回しなどに変化があると私は感じた。Dが提出した書面は矢野の書面にきわめてよく似ていたのである。本訴開始後、矢野が準備書面の代筆を引き受けたものと私はみている。もちろん矢野がDに代わって準備書面を書いたからといってなんらの違法性もない。

 そんな事情もあって、Dは矢野と朝木にしきりに尻尾を振っているのではあるまいか。ただ、仮に矢野がDの準備書面を書いてやっているとしても、そもそも元をただせばDが提訴されたのは矢野と朝木のデマに起因しているのだということを、はたしてDがどこまで認識しているのか。いずれにしても、矢野がDの準備書面の作成に関与していたとすれば、6月にDが矢野の作成した「北多摩市民新聞」のポスティングのために、浦安から電車を乗り継いで東大和や武蔵村山までやって来た事情も理解できよう。

 事実かデマかを見誤ったD自身の不明は否定しようもないが、仮にDが準備書面を書いてもらっていることで矢野と朝木に恩義のようなものを感じているとすれば、その判断もまた誤りである。Dはますます深みにはまっていくことになるのではなかろうか。

「行動する保守」Aは指導的立場にある者として、「若手のリーダー」と評価するDが矢野の虚妄に取り込まれていくのを黙って見ていていいのか。このままでは若くして人生を棒に振りかねまい。

 本会議終了後、私は千葉とともに洋品店周辺の警戒にあたった。そのころ「行動する保守」Dとその仲間はまだ「草の根」の控室に残っていた。駅に向かう途中、Dらが矢野と朝木に代わり、洋品店にお礼参りに行かないともかぎらないと考えたのである。

 しかしその日、洋品店の周辺で彼らの姿をみかけることはなかった。数の威力を借りられないからでなく、何をしてはいけないかを少しは理解した結果であるのならこの上ないことである。

(了)
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