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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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「創価問題新聞事件」最高裁判決 第13回(最終回)
再び犯人を名指ししたM

 最高裁前では「若手リーダー」のKに続き、Kとともに創価学会から提訴された東村山街宣の主役Mも街宣を行った。発声の明晰さ、聞き取りやすさにおいては「行動する保守」一行の中でもKと双璧をなす逸材である。



 さる7月3日、出されたこの最高裁判決は、あくまでもこの謀殺事件をあくまでも自殺というふうに処理したとんでもない判決であるということは明らかであります。この判決を出した最高裁判所裁判長、今井功、出てきなさい(出てこーい)。裁判官中川了滋、裁判官古田祐紀、裁判官竹内行夫。こういった手合いがきちんとした審判をせぬままに、100%創価学会のいいなりとなって、そうなる判決を出してる。

 この朝木明代東村山市議会議員の死というものが、どうして自殺と片づけられるのですか(そーだー)。数々の物証、そして状況証拠からいっても、まぎれなくこれは創価学会による犯罪ということが……とおりです(明らかだー)。朝木明代市議会議員は、明らかに創価学会によって殺されたんだー(そうだー、殺されたんだー)。

 そう考えるのが普通なんです。常識的な見方なんです。それがいま世間によって大きなうねりとなって、時効を1年後に控えて世間の注目を集めている。どうか日本の司法というものも、世間の感覚、遺族の心情、思い、常識というものにのっとった判決をしてもらいたい。



「朝木明代市議会議員は、明らかに創価学会によって殺されたんだー」と思い切った断定をしながら、「そう考えるのが普通なんです。常識的な見方なんです。」と続けたあたりはトーンダウンとも見えるかもしれないが、これはMの最高裁への気遣いだろう。いかに「行動する保守」運動が正当なものでも、司法の最高意思決定機関に対して頭ごなしに叱りつけたのでは最高裁のメンツ丸潰れとなる。そこでMは、最高裁の社会的立場を考慮し、最高裁が自主的に考えを改める猶予を与えるといういい方をしたのではあるまいか。

 最高裁がMの気遣いに気づいたかどうかは別にして、M には法廷で主張する機会を与えられたのだから、「情けない右翼」などといわれないためにも、最高裁街宣の根拠を堂々と主張することを期待したい。「言論弾圧だ」などという論点の異なる主張はそれからでもいっこうに遅くない。「行動する保守」の論客の1人として、先走って論点をいたずらに増やすことは支援者のためにも慎むべきではあるまいか。

提出された抗議文

 最高裁前の街宣という珍しいイベントの締め括りに登場したのは、「行動する保守」の指導者の1人である右翼Nである。NはMの気配りを無視して次のようなシュプレヒコールを先導した。



デタラメ判事は出でこーい(出てこーい)。

国民を愚弄した能なし判事は、出てきて国民に謝罪しろー(謝罪しろー)。

デタラメ裁判官は、出てきて子どもたちにも謝罪しろー(謝罪しろー)。

見学に来た日本国民に、デタラメ判事は土下座して謝罪しろー(謝罪しろー)。

デタラメな判決を下した最高裁判事は、見学に来た国民に土下座して謝罪しろー(謝罪しろー)。

謝罪しろ(謝罪しろー)。



 ちょうど街宣の最中、見学者とおぼしき一行を乗せた観光バスが最高裁に入った。シュプレヒコールに「見学に来た日本国民に」「見学に来た国民に土下座して謝罪しろー」という文言をアドリブで2度も入れたのは、内容はともかく、さすがに街宣慣れした論客だけのことはある。シュプレヒコールの興奮が静まるのを待って、Nは続けた。



 ただいまより抗議文を読み上げる。

〈平成21年7月3日、最高裁は今井功、中川了滋、吉田(古田)祐紀、竹内行夫各裁判官の合議でもって、事件表示平成21年第831号事件、いわゆる東村山女性市議、朝木明代さん謀殺事件を、朝木明代議員が万引きを苦にした自殺とする虚構の判決を下した。

 われわれ一国民として、万引きが限りないでっち上げであることを知っている。カルト教団と東村山署元副署長、千葉英司の言い分は、朝木議員の自殺の動機が万引きであるとするが、この万引きが具体的証拠資料の見分で、限りないでっち上げであることは否定のしようがないのである。

 民事訴訟の大原則は弁論主義である。事実に基づく証拠の照らし合わせでもって、万人が納得ゆく判決を下すのが裁判所であり、その最終的な番人が最高裁である。ところが最高裁はこのたびの判決で、司法鑑定書ならびに写真などなどなど決定的証拠資料をはなから無視して、殺人を自殺にすり替える虚構をしでかしたのである。最高裁判所の課された使命と義務を放棄したのである。

 国民を裏切ってカルト教団創価学会に肩入れした最高裁判事を許すわけにはいかない。カルトに屈伏した最高裁は司法の番人ではなく、国民に対して敵対的存在に転化したといわざるを得ないのである。

 最高裁判所は象牙の塔ならぬ司法の塔に安住し、法の独断的運用をほしいままにしている。法の専門家を気取って、国民を蔑視、愚弄する判事を国民はもはや放置することはできない。独裁を演じる最高裁判事を国民の前に引きずり出さなければならないのである。

一 今井功、中川了滋、古田祐紀、竹内行夫の各判事は、殺人を自殺にすり替えた論拠を国民に釈明せよ。

一 上記4人の判事は、カルト教団への肩入れ判決自己批判し、国民に謝罪した上で退職金を全額返上して退陣せよ。

平成21年7月24日

主権回復を目指す会、せと弘幸ブログ「日本よ何処へ」、日本を護る市民の会〉



 抗議文の主張内容の当否についてはすでにこの連載で述べてきたので繰り返さない。

 Nが抗議文を読み上げたあと、一行は勇躍最高裁に乗り込んでいった。そこまではよいが、この抗議文がその後どう扱われたのか、なんらの報告もないのはどういうことなのか。最高裁も多数の案件を抱えているので、回答は半年ぐらい先なのかもしれない。

 いずれにしても、この抗議文の差出人は「主権回復を目指す会」「せと弘幸ブログ『日本よ何処へ』、「日本を護る市民の会」の連名となっている。すると、抗議文の内容を東村山街宣で端的に表現したMとKが創価学会から提訴された件についても、差出人の代表であるAやNも協力を惜しむことはないだろう。とりわけ「行動する保守」一行を東村山事件に巻き込んだ張本人とみられる指導者Aは国民の利益のためにも、「内部告発」の内容についてもはや出し惜しみすべきときではない。

(了)

 なお、千葉が9月2日付で朝木に対し、損害賠償と延滞金の計13万2500円を「9月16日から18日までの間」に支払うよう請求していた件は、9月7日、朝木から振込があったことがわかった。


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テーマ:裁判 - ジャンル:政治・経済

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