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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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西村修平事件第5回口頭弁論(その2)
矢野自身が申し入れの事実を認める供述

 東村山署が調査の申し入れもしていなければ「ろくな捜査もしていない」という矢野と朝木の主張をわずかなりとも実証することになる。一方、申し入れをしたものの、矢野と大統から立ち入りを拒否されたのが事実とすれば、矢野と朝木は「他殺」を主張しているにもかかわらず警察の捜査に協力しなかったことが明らかになる。「他殺」を主張する遺族、関係者としてはきわめて不可解な対応ということになろう。

 千葉はこれまで多くの裁判で調査を申し入れた事実を主張しているが、この点に関して、2つの裁判で重要な供述がなされている。1つは平成11年11月15日、「聖教新聞」裁判で行われた矢野に対する東京都(警視庁)による反対尋問である。



千葉代理人  どうして、事務所だとか自宅、この自宅というのは監禁されていた可能性が強いわけですよね、そこの捜査というか調査を警察にさせなかったんですか。

矢野  だから、それが千葉さんの一流の虚偽の発言だと申し上げているんですよ。そんなことは1回もありませんですよ。拒否したなんてのはとんでもない話で、それはやってくれといっているのにやらなかったのが警察じゃないですか。



 矢野も、「他殺」を主張する遺族・関係者が警察の調査の申し入れを拒否するのはおかしいということは十分に自覚しているようである。それどころか矢野はここで、東村山署に対して「調査をしてくれ」とお願いしたといっている。代理人は質問を続けた。



代理人  警察はまったく?

矢野  やってないですよ。

代理人  申し入れもしてないんですか?

矢野  申し入れはしましたよ、何回も。



 矢野は東村山署に「何回も調査の申し入れをした」という。しかし千葉によれば、東村山署には、捜査員が矢野に何度も事情聴取に来てくれと申し入れても矢野が警察には寄りつかなかったという記録はあっても、矢野から調査の申し入れがあったという記録はない。警察が調査の申し入れもしなかったというのは本当なのか。



代理人  そうじゃなくて、警察の方で事務所をちょっと見せてくれといったでしょう。

矢野  そんな話があれば、もうすでにやってますよ。だから、千葉さん一流のというふうに申し上げているんですよ。

代理人  千葉さん一流かどうか知りませんけども。

矢野  一流と申し上げた、これは。遺族なり同僚の気分としては、それ以外ないですよ、言い方が。

代理人  では、まったく警察から、自宅の下駄箱なり、そういう中を見せてくれといわれたことはないですか?

矢野  ちょっと待ってくださいよ。○○代理(刑事課長代理)が、彼は非常に純粋な方ですから、1回だけ来られて見せてくれといわれたから、1回だけ見せてあげただけですよ。拒否している事実なんかないんですよ。



 最初、矢野は東村山署から調査の申し入れは1度もなかったと供述していたにもかかわらず、ここでは「1回だけ来られた」と変遷している。矢野はここでは「調査」を拒否した事実を否認したが、ここで重要なのは東村山署が調査の申し入れをしたという事実だろう。

 朝木の「捜索するとの話は一切なかった」とする証言が事実なら、矢野も「そんな申し入れは1度もない」というはずである。すると、矢野の「1回だけ来られて見せてくれといわれた」とする供述は、文言の意味は別にして、朝木の「捜索するとの話は一切なかった」とする証言を否定するものということになる。

矢野の供述を否定したジャーナリスト

 では朝木の自宅についてはどうか。自宅については平成12年12月15日、「週刊新潮」裁判においてジャーナリストの乙骨正生が興味深い供述をしている。ちなみにこの裁判で「週刊新潮」は、記事のすべての情報源である矢野と朝木に証言を依頼したが、裁判の途中で矢野と朝木が出頭を拒否したため、急遽代役として乙骨を証人に立てたという経緯がある。乙骨の供述を聞こう。



創価学会代理人  あなたは朝木市議が履いていた靴と草の根事務所の鍵がみつからなかったことにも疑問を呈していますね。

乙骨  はい。

代理人  草の根事務所については矢野さんが、自宅については朝木大統さんが警察の捜査を拒否した事実は知っていましたか。

乙骨  知らないです。

代理人  そういった話は矢野さんからも、大統さんからも聞いていませんか。

乙骨  はい。

代理人  警察は靴と鍵が見つからないから、捜索をお願いしたんだけど拒否されたということなんです。

乙骨  ああ、そういえば拒否というか……なんとなくそういえば、「自宅から何か持っていかれるといやだから」というようなことをちらっといっていたことはありましたね。

代理人  それは聞いていますね。

乙骨  ええ、そういうことはありました。



 乙骨に「自宅から何か持っていかれるといやだから」と話したのが矢野なのか大統なのかはわからないものの、この言葉がなんらかの行為の理由であることだけはわかろう。「自宅から何か持っていかれるといやだから」どうしたというのか、それに続くのは「拒否した」ということ以外にはない。「拒否した」ということは、東村山署から「調査」の申し入れがあったということである。

 しかもこの尋問の流れをみると、乙骨は当初、矢野あるいは大統が捜査を断ったことについて「知らない」「聞いていない」で逃げようとしているフシがうかがえる。本当に忘れていたのか、いいたくなかったのかはわからないが、いずれにせよ「ああ、そういえば拒否というか……」に続く乙骨の供述は、弁護士から追及された結果出てきたものであること、捜査拒否だけでなく、その理由を具体的に述べている点できわめて信憑性が高いと判断できる。

奇妙な統制

 千葉によれば、捜査員が自宅を訪ねたときに応対したのは朝木大統である。捜査員は「下駄箱を見せてもらいたい」と依頼したが拒否された、という報告を受けているという。ただ、捜査員が自宅を訪問した際に調査を拒否したのは大統だが、その判断はどうも大統がしたものではないようだった。平成13年2月1日、「週刊現代」裁判の尋問において大統は次のように供述している。



創価学会代理人  東村山署の千葉副署長は、あなた方が殺人事件ということをいうので、見つかっていない明代さんの靴を探すためにあなたの自宅の捜索を要請したけれども、あなたが断ったという話を別件の裁判でしているんですが、どうして断ったんですか。

大統  私が断ったということですか? それは私の記憶にはございません。

代理人  そういった自宅を捜索させてほしいという要請はなかったですか。

大統  そのへんはすべて直子と矢野さんに任せておりましたんで、私にはそういう話はありません。



 大統は「私にはそういう話はありません」と、「調査」の要請があったことを否定する供述をしている。しかし、矢野が「調査の申し入れがあった」と供述していること、乙骨が「自宅から何か持っていかれるといやだから(調査を拒否した)」といっているのを聞いていること、千葉の供述を総合すれば、大統がその場しのぎの口裏合わせをしているものと判断できよう。捜査員が大統と朝木や矢野を見間違うはずがなく、別人を「大統だった」とする理由もない。大統は捜査を拒否した理由を聞かれたくないために、聞かれていないことにしたのだろう。

 この大統の供述の中で重要なのは、警察の対応は「すべて直子と矢野さんに任せておりました」としている点。朝木は「聖教新聞」裁判の尋問で「矢野さんは私の代理人」と供述している。当時、マスコミや捜査機関の対応など様々の判断を矢野に委任していたという意味と理解できる。つまり、東村山署からの「調査」の申し入れを拒否したのは矢野の指示によるものだったということである。「殺された」と主張している遺族・関係者が警察の調査を拒否し、しかもその対応は明代の夫である大統を差し置いて矢野がすべて取り仕切っていたとは奇妙な統制というべきではあるまいか。

 警察の対応についてなぜ大統を排除する必要があったのか。「調査」の拒否といい、矢野が対応を管理していたのは、明代の転落死に関する重要な何かが露顕することを恐れたからとみるのが自然だろう。

 ところで矢野は「聖教新聞」裁判での尋問で、自ら「東村山署に何回も(事務所や自宅の)調査を申し入れた」と供述している。しかし、これまでみてきたように、事務所は矢野が、自宅は大統が調査を拒否したことは明らかである。東村山署の「調査」の申し入れを拒否した人物が、自らすすんで「調査を何回も申し入れる」ということがあるのだろうか。常識的には、そのようなことはあり得ないとしか考えられない。

(つづく)
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