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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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第2次落書き裁判第6回口頭弁論
 千葉英司元東村山警察署副署長がブログの記事および写真を無断掲載されたことなどによって名誉を毀損され、肖像権を侵害されたとして千葉県浦安市の行政書士黒田大輔を提訴していた裁判は平成21年12月18日、和解が成立した。和解調書に記載された和解条項は以下のとおりである。



和解条項

1 被告は、原告に対し、被告が開設するインターネットブログ「日本を護る市民の会のブログ(仮)」の平成20年(2008年)9月5日付け記事中の原告の写真に不適切な記載をしたことについて、遺憾の意を表する。

2 被告は、前項のブログの原告の写真及び同写真の説明書(せつめいがき)6行分(「13年前の」から「おかしくない?」まで)を、平成21年12月25日限り、削除する。

3 原告と被告は、今後、お互いに誹謗中傷しないことを誓約する。

4 原告はその余の請求を放棄する。

5 原告と被告は、原告と被告との間には、本和解条項に定めるほか、何らの債権債務がないことを相互に確認する。

6 訴訟費用は各自の負担とする。



 なおこの和解は、書類上は12月18日に成立しているが、実際には黒田が和解条項に定めた削除を実行したのちに和解調書が作成されることになっていた。千葉に対して和解調書が送達されたのは12月23日で、消印は12月22日である。一方、記事および写真の削除に同意した黒田は12月23日午後になってもまだ削除義務を果たしていなかったが、夕方になって当該箇所の削除が実行されたことが確認されている。

 この経過をみると、裁判所が当該箇所の削除を確認しないうちに和解調書を作成することはあり得ないから、裁判所は22日に黒田に対して23日中に削除を実行するよう要請し、確約を取り付けた上で和解調書を作成し、千葉に送達したものとみられる。仮に黒田が18日に同意した削除を25日までに実行しなければ和解は不成立となり、判決となった可能性もないとはいえない。

 いずれにしても、黒田が当該箇所を期限よりも早く削除したことはさすがに法律家らしい賢明な判断である。和解協議当日に削除していればもっとよかったが、和解協議から6日間放置したのは法律家としてのプライドが関係していたのだろうと推測する。1日も早く削除することが彼自身の社会的信用を回復させることにもなる、ということにまでは考えが及ばなかったらしい。黒田を「若手のリーダー」として高く評価している「行動する保守」Aは先輩として何かアドバイスをしてやらなかったのだろうか。

和解成立直後にお礼参り

 さて、「チバー」「ウソ」などと落書きをした写真とともに黒田が削除した「説明書」とは以下の記述である。

〈13年前の「万引き捏造事件」の捜査指揮を取った当時の東村山署の千葉副署長が○○(洋品店)前へお出まし。彼ら(創価)にとって非常事態であることの表れだろう。瀬戸さんのブログから拝借した千葉さま♡ なんで、店の人間でもないのに西村さん達を排除したのか? 既に退職してるなら公権力の行使はできないぞ? おかしくない?〉

 和解協議では当初、削除対象は落書き付きの写真のみだったが、千葉が「万引き捏造事件は存在しない」などと主張して削除を要求。裁判所も千葉の主張を認容し、最終的に黒田も削除を受け入れた。

 削除の経過をみると、黒田が裁判官の勧告に納得したのかどうかは定かではない。むしろ12月18日午後、和解成立の直後に仲間を引き連れて洋品店に行ったところをみると、和解内容に不満を持っていたらしいことがうかがえる。千葉では相手が悪いから、指南役である矢野穂積のいう「弱いところ」を攻めようとしたようにもみえる。

 問題箇所がブログから消えてなくなったことは、実は彼自身のためでもある。そのことに気がつけという方が無理な注文なのだろうか。

(了)

(宇留嶋瑞郎)
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