ブログマガジン エアフォース
ブログで興味深い記事を公開していきます。
著書紹介

民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

最近の記事

カテゴリ

プロフィール

プールマン

Author:プールマン

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

QRコード

QR

FC2カウンター

西村修平事件第7回口頭弁論(その3)
矢野と朝木が述べる当日の「明代の行動」

 平成22年1月27日付で提出した千葉の準備書面の中には特に今回の西村準備書面に対する反論でない記載も含まれているが、その中にはこれまでの矢野と朝木の説明によって既成事実となっていた事実そのものに疑問を投げかけ、あるいは矢野と朝木の主張を否定する記載がある。

 一つは、平成7年1日の明代の行動である。転落死当日の明代の行動について矢野は陳述書(『聖教新聞』裁判)で、次のように述べている。



 朝木議員と私の9月1日当日の行動予定は、次のとおりでした。

 お昼前に、朝木議員は市役所の市議会事務局に、宗教法人法抜本改正を求める陳情を提出し、お昼ころ事務所で私と合流し、電車で新宿に向かい、この問題で世話人をしている小坂さんと西武新宿で落ち合って、都議会事務局に同旨の陳情を提出した後、小坂さんと別れ、私と一緒に、病院に入院していた「万引き事件」で委任していた弁護士さんと打ち合わせをして、夜7時前に東村山にもどり、私は市内野口町の市立四中会議室で行われた多摩湖町の自治会長会議に夜9時まで参加し、事務所に戻って、先にワープロで準備を進めている朝木議員とともに、9月3日のシンポジウムの講演の原稿をまとめあげるというものでした。

 都内での予定を終え、西武新宿付近で早めの夕食をすませて、朝木議員と私は東村山の事務所に戻ってきたのは午後7時ころでした。



『東村山の闇』では次のように記載されている。



 昼過ぎの電車に乗り、都庁では、陳情の世話人をしている小坂さんと一緒に都議会事務局に「宗教法人法及び関係税法の抜本改正を求める陳情」を提出した。入院している弁護士のところに立ち寄って、お見舞いを兼ね、打合せをした。新宿に戻った時は、時計はもう5時半をまわっていた。



 矢野の記載によれば、明代は「昼ころ」に矢野と合流し、午後7時に事務所に戻ってくるまで行動をともにしていた。明代はその前に議会事務局に立ち寄っているというから、遅くとも11時過ぎには家を出て午後7時までは自宅にはいなかったことになる。

 では、11時に外出するまでの行動はどうだったのだろう。その点について、朝木は陳述書(「創価新報」事件)に次のように記載している。



 9月1日の午前、勤務先から、私は、東村山の実家に電話をかけ、母にその日の予定を伝えました。そして、母からは、正午までに市議会に宗教法人改正(ママ)を求める陳情を出しに行った後、その足で午後には、都議会にも同じ内容の陳情を出すため都庁にもでかけて、弁護士と打ち合わせをして東村山に戻ってから、講演の原稿を準備するので、帰宅は夜遅くなるという話があり、また、「高知でゆっくりして、月曜に帰る予定になっていたけれど、9月議会が目前で質問通告の期限があるので日曜日には帰らないといけないかもしれない。でも孫たちには、何かお土産をみつけて買ってきてあげたいよね。」と話していました。この会話が、まさか私と母との最後の会話になるとは夢にも思いませんでした。



 朝木によれば、午前中に自宅に電話をかけ、明代と会話を交わしたという。以上の矢野と朝木の「証言」を総合すると、平成7年9月1日、明代は午前中に朝木と電話で会話を交わし、午前11時過ぎごろに外出し、昼過ぎに矢野と合流したあと、午後7時過ぎまで矢野と行動をともにしたことになる。

千葉が呈した「疑問」

 ただ、矢野と明代が弁護士と打ち合わせを行った時間帯について矢野はなぜか明確には述べていない。千葉が準備書面で述べているのはその点に関わる疑問である。千葉は準備書面で次のように述べている。



 被告は、矢野氏及び直子氏が主張するとおり、「朝木市議は転落当日に弁護士と会った結果、検察官による万引き事件に関する取調べに関し『楽観していた』のであり万引を苦にした自殺ではない」と主張する。しかし、「楽観していた」との情報を発信したのは虚偽宣伝と情報操作を常套手段とすると市民・マスコミから論評されている矢野氏と直子氏であることに鑑み、上記被告の主張は信用できない。

 矢野氏が主張する「朝木市議が弁護士と面会した」とされる時間帯に朝木市議は自宅にいた形跡があり、朝木市議が弁護士と面会したのは本当なのかと疑問視されている。



 千葉の記載は、弁護士と面会したのは矢野だけだったのではないかという疑問を呈するものである。明代が弁護士と面会していないとすれば、都庁に行ったというのも不自然ということになる。なお、朝木は『東村山の闇』で、この面会の際に高田治弁護士が語った内容として以下のように記載している。



 検察側は、万引など『軽微』な問題だと考えてますし、一連の『いやがらせ事件』のひとつとして捉えています。大丈夫ですよ。8月初めに担当検事と約束したとおり、矢野さんと一緒にきて、嫌がらせの実態について話してほしいといっているだけです。――以下略――



 この内容が矢野によるものであることに注意する必要がある。ヤメ検の弁護士が依頼人に対してこんな楽観的なことを本当にいったのか。この弁護士が本当にそういったのだとすれば、依頼人に対して軽々しく勝訴を保証するような発言をしてはならないとする弁護士倫理にも反しよう。いずれにしても、弁護士の楽観的な発言が事実であるという証拠はない。

 むしろ事実は、東京地検は明代の転落死後、東村山署に対して「明代の万引きの事実は認定する。しかし、被疑者死亡により不起訴とする」と通知している。したがって、9月5日に予定されていた矢野と明代に対する取り調べの内容が「本件証拠上、その存在を確定できない事実も多い」(「聖教新聞」裁判における東京地裁の認定)「嫌がらせの実態」についてだったとはとうてい考えられない。

 千葉は現段階ではまだ、明代が弁護士と面会したという事実が疑わしいとする根拠については明らかにしていないが、仮に明代が弁護士との面会の場に同席していなかったとすれば、それもまた「真相究明」につながる重大な事実といえるのではあるまいか。

(つづく)

※「久米川駅東住宅管理費等不払い事件控訴審判決(その3)」に追記しました。
関連記事

TOP