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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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西村修平事件第7回口頭弁論(その7)
「拉致」を考えなかった朝木

 松戸を出発した直後に沸き上がっていた朝木の「なにか薄ら寒い胸騒ぎ」は、朝木自身の記載の経過などによれば、朝木が午前中に自宅に電話したあとから松戸を出発するまでの間にあった何かによるものとみられる。

「胸騒ぎ」の原因が仮に明代が何者かに命を狙われる可能性を示すものだったとすれば、「他殺」を主張する朝木が言及しないはずがないし、真っ先に東村山署の事情聴取に応じていなければならないが、朝木は1度も事情聴取に応じていない。朝木が松戸を出発した直後から「早く帰りたい。早くしなきゃ」(『東村山の闇』)と追い立てられるほどの「胸騒ぎ」の原因とは何なのか。

 朝木は「聖教新聞」裁判における尋問で、レストランに大統と弟を残して1人で自宅に急いだ理由について次のように供述している。



東京都代理人  あなたの陳述書によりますと、お母さんである明代さんは、その事件があった平成7年9月1日までは非常に元気であった、それで万引き事件とは悩むどころか闘う姿勢であったと、こういうことですね。

朝木  そのとおりです。

代理人  あなたは、その亡くなられる当日、10時過ぎに所沢のファミリーレストランで原告の大統さんだとか弟さんと食事をされていたわけですね。

朝木  はい。

代理人  で、自宅に電話したけれどもお母さんはいないと、それで事務所に電話したら。――略――

朝木  事務所に電話をしまして、矢野さんに母を出してくださいといったところ、「お母さんは気分が悪くて、自宅のほうにいると思いますよ」といわれましたので、それから自宅にかけました。

代理人  それで、いないということで、あなたは所沢から、お父さんの大統さんと弟さんを置いて、1人で自分の自宅のほうに来るわけですね。

朝木  そうです。

代理人  どうして、そんなに急いでいたんですか。

朝木  いま思えば、虫の知らせだったのかなという気もいたしますけれども、私の母は非常に健康ですし頑張り屋ですので、家で夜とか以外に、まだ仕事をしている時間ですから、9時、10時というのはいつも。その時間に自宅で休むというのは、私はよっぽど具合が悪いと思ったんです。それで電話をしてもいないから、もしかしたら起きられないような状況になっているんじゃないかと思って、それで私は飛んで帰ったんです。

代理人  では、別に拉致されたとか、そういうことじゃなくて、体調が悪いと。

朝木  そのときはわかりませんから、矢野さんから、気分が悪くて休んでいるというふうにいわれて、家に電話をしてもいませんから、当然いろんな嫌がらせがありましたから、万が一変な事件に巻き込まれているかもしれないという思いも、もちろんありましたし。




 父親と弟をレストランに残して1人で帰宅を急いだ理由について朝木はここで、「事務所にも家にもいなかったこと」「よっぽど具合が悪いと思った」と述べている。重要なのは、このとき朝木の念頭にあったのが外的要因(拉致など)ではなく明代自身の心身の問題だったということである。「万が一変な事件に巻き込まれているかもしれないという思いも、もちろんありました」というのは、事後にとってつけた話にすぎない。

 尋問では松戸を出発した時点で感じていた「胸騒ぎ」についてはまったく触れていないが、事務所と自宅に電話して明代がいないことを知ったというだけで朝木が帰宅を急いだのは、すでに「胸騒ぎ」を感じていたからだと考えれば納得がいく。朝木は明代に関してなんらかの「不安」をすでに持っており、明代の不在の原因もその延長線上にあることを直感したということだろう。そうでなければ、夜の10時という時間に所在がつかめなかったからといって、ただちに安否を気づかうということにはなるまい。

1人で帰った事情

 余談だが、朝木はなぜ父親と弟をレストランに残したまま1人で帰宅を急いだのかと疑問に思われる読者もいよう。東京都代理人も不思議に思ったようである。その点に関する朝木の供述をみよう。



東京都代理人  どうしてお父さんだとか巌さん、弟さんも一緒に、そんなに心配であれば食事しないで、あなたと一緒に自宅のほうに来なかったんですか。

朝木  それは、私と私の父と弟と3人で行ったんですが、2人がオーダー、私は適当に何でもいいから頼んでおいてくれということで電話をかけにいきまして、それで2人はもうオーダーを頼んでおりましたので、それと父が目が悪いのと体が悪いので、急いで何か行動を起こすときというのは、とりあえず何かあったか、なかったのか、もしかしたら、ただたんに電話に出るのが面倒くさくて出ないかもしれないということだってあるじゃないですか。ですから、とりあえず、まず私が家に確認しに行こうという気持ちです、それは。

代理人  そうすると結局、足が、お父さんと弟さんはなくなっちゃうわけですね。

朝木  そうです。

代理人  結局、タクシーで来られたんでしょ。

朝木  もう、家に帰っていなかった時点ですぐに弟のポケットベルを呼んで帰るようにいいました。

代理人  それだったら、一緒にあなたと行ってもよかったんじゃないかと思うんですが。

朝木  行ってもよかったかもしれませんけども、そのときには、そういう選択をしたんです。



 朝木が松戸を出発した時点ですでに「早く帰りたい。早くしなきゃ」と思い詰めていたのなら、レストランなどに寄らず、まっすぐ帰宅すればいいではないかとも思うが、「胸騒ぎ」を感じていたとしても、すぐになんらかの不測の事態が発生するとまでは考えなかったということだろう。ところが、レストランで明代の消息不明を知って、朝木は明代自身の事情によって何かが起きたかもしれないと感じた。

 ただそれにしても、それなら一緒に帰ればよかったのではないかと考えても不思議はない。朝木自身も「行ってもよかったかもしれませんけども」と供述しているように、父親と弟がすでにオーダーしていたことが1人で帰った理由ではないのではないか。

 実は、レストランには父親と弟のほかにもう1人いたフシがあり、そのもう1人の存在が朝木を1人で帰らせた1番の理由だった可能性もあると私はみている。

(つづく)
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