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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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西村修平事件第7回口頭弁論(その9)
ごまかしのインタビュー

 東村山署は平成7年9月6日以降、朝木と矢野に対して再三にわたって事情聴取を要請し、朝木は鍵を受け取りに行った日に捜査員に対して「再度出頭する」といっておきながらついに聴取に応じなかった。しかし朝木は、創価学会との関連づけたいメディアに対して「東村山署はまともな捜査をしていない」と印象づけていた。たとえば朝木は幸福の科学リバティ編集部が発行した「創価学会を折伏する」(以下=「リバティ」)のインタビューに応じているが、その中には次のようなやりとりがある。



――10月7日の事情聴取は、東村山署が1カ月以上たってからようやく形だけ聞きにきたわけですよね。

朝木  それで、私の父とか弟に、執拗にどの靴がなくなっていたかというのを聞くんですよ。……わかるわけないんです。



 このインタビューが実際に行われたのだとすれば(朝木なら「そんなインタビューなど受けていない」と言い出しかねない)、その時期は平成7年10月7日よりあとということになる。いうまでもなく、ここでいう「10月7日の事情聴取」とは矢野に対して行われた事情聴取のことである。

「リバティ」編集部の聞き方からすると、聞き手は朝木から「東村山署は事件発生後1カ月以上たってからようやく形だけ聞きにきた」とまったく事実に反する説明をされていた様子がうかがえる。しかも、10月7日の事情聴取は矢野に対するものだったにもかかわらず、朝木の説明では父親や弟に対する事情聴取や捜査員が朝木宅を訪問した際のやりとりとごっちゃになっていて、誰がいつ、どこで、何を聞かれたのかきわめて不明確である。

 要するに朝木にとって、事件のみならず東村山署から事情聴取の要請がいつあったのか、それに対して朝木自身はどう対応していたのか、また実際に誰がいつ、どのような事情聴取を受けたのかといった正確な経緯と内容についてごまかそうとしていることがわかる。「他殺」を主張し、東村山署に対する捜査批判に正当性があるのなら、事実を隠す必要はあるまい。

 朝木はこのインタビューで東村山署の捜査批判を展開しているが、その中には確認可能な明らかな虚偽情報も含まれている。9月1日の電話発信記録についてである。



朝木  ……9月1日の事件についても、警察はいくつかの疑問を解明していません。靴のこと、手の跡のこと、悲鳴のこと……。また母からの最後の電話の件もあります。結局、自宅から事務所にかけたという事実がNTTの発信記録が明らかになっているにもかかわらず、警察は10月7日の事情聴取の調書に、その事実を残そうとしなかったわけです。それはなぜなのか……。



 東村山署の再三の出頭要請に応じなかった朝木がそんな事情などおくびにも出さず、東村山署の捜査に対して「それはなぜなのか」と疑問を呈するというのもたいした神経だと思うが、リバティ編集部としてはまだ20代の「被害者の長女」がそこまでしたたかとは思いもしなかったろう。

騙された「リバティ」

 ではこの部分の内容は事実なのか。朝木は明代が自宅から最後の電話をかけたことが明らかだから、明代は事務所から現場に行ったのではないとし、NTTの発信記録がその証拠だと主張している。もちろん、最後の電話から転落時刻までには40分の時間があり、その間に自宅から事務所まで歩いていくことは十分に可能だから、NTTの発信記録が明代の最後の居場所を特定するものということにはならない。この点だけみてもインタビューにおける朝木の説明がいかにいいかげんで、それを鵜呑みにするリバティ側の姿勢もまたいかに矢野と朝木のいいなりになっていたかがわかろう。

 10月7日に行われた矢野の事情聴取の際にNTTの発信記録を提出したという話も東村山署の捜査が恣意的に行われたと思わせるための巧妙な嘘である。矢野と朝木が10月7日の段階でNTTの発信記録を入手していたこと、調書に発信記録の件が記載されていないことまでは事実のようだが、矢野が事情聴取の際に発信記録を提出した事実はない。したがって東村山署は、発信記録の件を調書に「事実として残そうに」も残しようがなかったのである。

 朝木と矢野にとってNTTの発信記録がそれほど重要なら、もっと早く公表してもおかしくなかった。しかし、彼らが発信記録を公表したのは平成8年に提訴した「聖教新聞」裁判の尋問が迫った平成11年のことである。この年、朝木は発信記録をもとに尋問を受けたが、「平成7年10月7日の事情聴取の際に発信記録を提出している」とする趣旨の供述もいっさいない。

 東村山署の再三にわたる事情聴取の要請に応じなかった朝木の実情を知らない「リバティ」の編集者は朝木の嘘にみごとに騙された。明代の転落死を「自殺」と断定した警視庁の正式発表以前に矢野と朝木に騙されたのは「リバティ」だけではない。

 警視庁の発表から15年、東京地検の発表から13年がたった今、「リバティ」の編集者は事件をどう考えているのだろうか。きわめて興味深いが、「リバティ」がその後何の続報もやらないということは、少しは実情を理解したということなのかもしれない。

 しかし仮に「リバティ」がそうだとしても、今もなお矢野と朝木のデマに踊らされた「行動する保守」Aや西村修平、およびその周辺のその他大勢のような者がいまだに後を絶たないことはまぎれもない現実である。西村は千葉との裁判でも「リバティ」の内容を信じ込み、証拠として提出している。信じ込む方も信じ込む方であるとはいえ、いったんは矢野と朝木のデマに加担した幸福の科学の責任はけっして小さくない。

(つづく)
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