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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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東村山街宣事件一審判決(その5)
右翼Mと行政書士の主張に微妙なズレ

争点2 共同不法行為

 創価学会側は右翼Mと行政書士の街宣行為について次のように主張している。



(創価学会側の主張)
本件街宣活動①について
(行政書士は)その内容を認識しながら下車をするわけでも、本件テープを止めるわけでもなく、本件街宣車に乗車し続けていたこと、本件テープの内容を復唱していたことからすれば、(行政書士は)本件テープの内容を自己の発言として利用していたものである。

本件街宣活動②ないし⑨について
(行政書士が)被告Mの発言内容を認識しながら、その演説を復唱したり、賛成の意を示す合いの手を入れたりしていたことからすれば、(行政書士は)被告Mの本件街宣活動②ないし⑨を利用していたものである。

 加えて、被告らは、平成20年9月1日、東村山駅前において、朝木市議が原告によって殺害されたことを断定する内容の街宣活動をしたことがある。

 したがって、被告らは、原告に対する誹謗中傷を内容とした本件街宣活動を行うことを共謀したものである。



 これに対し右翼Mと行政書士は次のように反論している。



(右翼Mの主張)
 被告らの間には、組織的繋がり、意思の疎通及び思想性に共通するものはなく、また、被告M及び(行政書士)以外の者も本件街宣活動に参加していたことからしても、被告らの間において、各自の本件街宣活動に関する共謀はない。

(行政書士の主張)
 被告らはいずれも本件街宣活動の主催者ではないこと、被告らはお互いに何らの依頼もしていないこと、被告(行政書士)は被告Mの発言内容について何も行っていないこと、同車に取り付けられた横断幕の作成、通行地の選定、本件テープの作成には関与していないこと及び被告らはたまに第三者主催の街頭活動で顔を合わせる程度の関係であったことなどからして、被告らの間には、相互利用補充関係及び共謀関係がない。

 また、デモ等の一般的な街宣活動においては、参加者の繰り返し発言及び「そうだ」などの合いの手は、聴衆の注意を引き、演説者の心理的緊張を和らげ、演説者と参加者の一体感を演出するために行われる技法的なルーティンワークでしかなく、それ自体が演説内容への当否又は同意の意味合いをもつことはない。

(行政書士)は、被告Mの、原告が朝木明代議員を殺害したと断定していると一般人が認識する可能性のある演説部分に関しては一度も合いの手を入れていない。したがって、この点からも、被告Mと(行政書士)の間において、各自の本件街宣活動に関する共謀はない。



 東村山街宣はその大半が、右翼Mが演説を行い、行政書士が右翼Mの使用した文言を復唱したり合いの手を入れるというものだった(本連載「その3」参照)。創価学会側は、行政書士の行為も右翼Mの演説内容を自分の主張として認容するものだから、右翼Mの演説を借りて行政書士自身が演説しているのと変わらないと主張している。

 これに対して右翼Mも行政書士も争う姿勢を見せている。しかしどうも、そのニュアンスは微妙に異なる。とりわけ気になるのは行政書士の主張である。

 右翼Mは行政書士とは思想的にも異なるなどとし、単純に共謀性を否定するが、一方行政書士は合いの手が右翼Mの演説内容に賛意を示す意図を持つものではないとしただけでなく、右翼Mが「創価学会が朝木明代議員を殺害したと断定していると一般人が認識する可能性のある演説部分に関しては一度も合いの手を入れていない」と念を押している。行政書士は、右翼Mは創価学会の名誉を毀損する発言をしたかもしれないが、それについて自分は関与していないと主張しているのである。

 要するに行政書士は、右翼Mには責任があったとしても自分に責任はないと主張していることになる。右翼Mはともかく、自分だけは賠償責任を免れたいということだろうか。

「そーだっ」にも共謀性を認定

 これに対して東京地裁はどう判断したのか。



(東京地裁の判断)
(行政書士は)……被告Mの発言に対し呼応する発言、行動をし、その後の街頭宣伝活動においても、被告Mの発言内容を認識した上でこれに呼応する発言をやめることはなく、行動を共にし続けたこと、……(行政書士)自身の演説においても、「数々の嫌がらせ、犯罪行為をやってきた、創価学会」、「創価学会の犯罪」、「創価学会による殺人」などと、被告Mと同様、原告による犯罪行為の存在を前提とした発言をしたこと、被告Mが(行政書士)の発言に対してもこれに呼応する発言をしたことが認められる。

 そして、これらの事実に照らせば、被告Mと(行政書士)とは、その主張をお互いに認識した上で、他方の行為を自己の行為として利用する意思のもと、本件街宣活動に及び、かつ、これを継続したものと認められるから、被告Mと(行政書士)とは、……相手方が行う発言内容等を理解した上で、これらを内容とした本件街宣活動……を行うことについて共謀したものと認められる。

 なお、(行政書士)は、……(行政書士)の発言はいわゆる「合いの手」であり、……それ自体が演説内容への当否又は同意の意味合いをもつことはないなどとして、被告らの共謀を争うが、……自己の発言が聴衆や演説者に一定の効果を及ぼすとの認識がありながら、これを行ったとの状況が認められるところであるから、上記認定は、左右されない。



 東京地裁はこの日の街宣における行政書士の発言や行動を総合し、行政書士が右翼Mと共謀していたものと認定したが、「行動する保守」一行にとって重いのは弁士の発言の際に支援者が行う合いの手についても共謀性を認定した点だろう。当然、西村らが街宣の最後に常に行うシュプレヒコールの際に支援者が行う「そーだっ」「許さないぞー」などの呼応についても、弁士の発言が名誉毀損を含むものであれば、共謀性が認定される可能性があると考えた方がよかろう。

 行政書士は「合いの手にすぎない」として自らの違法責任を逃れようとしたが、この主張によって、街宣活動に違法性があった場合には主催者や弁士だけでなく、無名の参加者であっても賛意を示しただけで法的責任が問われるということをあらためて明確化してくれたことになる。強固な意思をもって参加したわけでなくても責任を負わなければならないということである。

(つづく)
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