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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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東村山街宣事件一審判決(その6)
腰の引けた主張

 街宣の不法行為責任が発生するかどうかは、街宣の内容が創価学会の社会的評価を低下させるものであるかどうか、またそうだとすれば、その内容に真実性・相当性があるかどうかである(争点3)。

争点3 「創価学会が朝木明代を殺害した」との虚偽の事実を摘示した(名誉毀損の成否)



(創価学会の主張)
 被告らによる本件街宣活動は、横断幕、本件テープ、被告M及び(行政書士)の発言があいまって、平成7年9月1日に発生した朝木市議の転落死が、自殺ではなく、原告の殺害によるものであるとの事実を摘示するものであるから、原告の社会的評価を低下させ、名誉毀損となる。

(右翼Mの主張)
 被告Mは、本件街宣活動において、朝木市議が原告により殺害されたと直接摘示しておらず、原告による様々な犯罪的行為により追い詰められた死であるとする論評をしたものである。

(行政書士の主張)
 本件街宣活動①の本件テープの内容は、何ら具体的事実を摘示するものではないから、原告の社会的評価を低下させるものではない。

 また、原告は、長年にわたり、犯罪行為、反社会的行為を繰り返しているから、そもそも原告には保護すべき社会的評価がない。仮に(行政書士)の発言が、原告の社会的評価を低下させるとしても、社会通念上の受忍限度の範囲内である。



 少なくとも右翼Mの東村山街宣のうち、

「公明党・創価学会の不正というものを糾弾しておりました女性市議会議員が転落死いたしました。この事件を担当、東村山警察署は、たんなる自殺というふうに片づけましたが、これは明らかに創価学会による犯罪なんです」(街宣②、④、⑨

「この薄汚い創価学会の犯罪」(街宣③

「創価学会によって殺害された朝木明代さん」(街宣⑦
 
 との部分はどうみても直接的に事実を摘示するものであると思うが、右翼Mはいまさら自らの発言内容を否定するつもりなのだろうか。とすれば、東村山街宣の内容は、提訴されたとたんに自ら否定しなければならない程度のものだったことを自ら認めたことになろう。いずれにしても、かなり腰の引けた主張である。

 東京地裁は右翼Mと行政書士の主張に対して次のように述べた。



 認定事実(=街宣における発言内容および街宣車に取り付けられた横断幕の記載)を総合すれば、被告らの本件街宣活動①ないし⑨がいずれも……横断幕の記載とも相まって、原告が朝木市議を殺害したとの事実を摘示するものであることは、社会通念に照らし明らかである。

(行政書士)は、原告には保護すべき社会的評価がない、原告の社会的評価の低下は社会通念上の受忍限度の範囲内のものであるとも主張する。しかしながら、本件全証拠によっても、原告について、原告が朝木市議を殺害したとの社会的評価が定着していたなどという事実は認められないし、また、被告らの本件街宣活動による社会的評価の低下を原告が受忍すべき根拠もない。



 東京地裁は東村山街宣が「創価学会が朝木明代を殺害した」との事実を摘示したものと認定した上で、この街宣が創価学会の社会的評価を低下させたと認定したのである。

3たび否定された「鈴木鑑定書」  

 街宣の内容が創価学会の社会的評価を低下させるものだったとしても、公益性、公共性があり、かつその内容に真実性・相当性があれば、違法性は阻却される。では、東村山街宣の真実性・相当性について東京地裁はどう判断したのか。

真実性

 右翼らは社会的評価の低下を否認する一方、真実性・相当性を主張していた。その根拠の1つが、司法解剖鑑定書を「鑑定」した山形大学名誉教授による「意見書」だった。この「意見書」は朝木直子が平成20年5月12日、千葉との裁判に際して依頼したものである。これについて東京地裁はこう述べた。



 鈴木意見書については、法医鑑定においては、朝木市議の遺体に認められる創傷はいずれも鈍体による打撲、圧迫、擦過等により形成されたと思われる。これらの部に作用した当該凶器の性状を明らかにするのは困難であるとされているにとどまり、また、上記創傷がいかなる凶器等により形成されたのかを特定するに足りる証拠もないのにもかかわらず、上記皮下出血が手指によるものであるとしている点においてそもそも疑問があるものであって、合理的な根拠を欠くといわざるを得ないものである。



 鈴木名誉教授の「鑑定書の鑑定」についてはすでに2件の裁判(「創価問題新聞」事件西村修平事件)でその信用性が否定されており、名誉教授の「意見書」は3たび裁判所から否定されたことになる。(矢野と朝木は「鈴木鑑定書」を「東村山の闇」裁判でも提出している。この裁判では明確な評価はなされていないものの、「鈴木鑑定書」の意見を採用したのは「人と争った場合には上腕内側部にアザができることが多い」とする一般論の部分のみである)

 一方、行政書士は、「創価学会が朝木の殺害を暴力団に依頼した可能性がある。その密会の現場を撮影したビデオがある」などと主張し、元暴力団組長の著書などを書証として提出したが、東京地裁はいずれも〈原告が朝木市議を殺害したことを証するものではない。〉として斥けた。

 その上で東京地裁は真実性について次のように結論付けた。



(真実性に関する東京地裁の判断)

 その他本件全証拠を併せ検討しても、朝木市議の死が、そもそも他殺によるものであるとも、また、原告の会員が朝木市議の殺害に関係したとの事実も認められないところであって、原告が朝木市議を殺害したとの事実は、これを認めることができない。

 したがって、被告らの摘示事実の重要部分である原告が朝木市議を殺害したとの事実については、真実であることの証明がなされたとはいえない。



相当性

 では相当性はどうだろうか。右翼Mらは過去に矢野穂積が別件裁判で提出した「日本刀を持った男が創価学会元幹部の事務所に乱入する事件があった」とする記載や、「創価学会代理人と東京地検検事の電話での会話内容」(矢野がたびたび主張して排斥されている)に関する記載などをもって相当性を主張した。これに対して東京地裁は、

〈これらの記述には、本件事件との関係を窺わせる部分はないから、その真否以前の問題として、これらをもって、被告らにおいて、原告が朝木市議を殺害したとの事実について、これを真実と信ずるについて相当の理由があったとする根拠とはなしえない。〉(「乱入事件」等について)

〈その文面からも別件で担当検察官と話をしていた際、たまたま原告側代理人からかかってきた電話に同検察官が対応するのを耳にしたというものであり、同検察官の発言がどのようなやり取りの中でなされたものであるかが不明なものであり、……仮に疑いが否定できないとの発言がなされたとしても、それをもって本件事件に対する原告の関与が肯定されるものでもないから、被告らにおいて、原告が朝木市議を殺害したとの事実を信ずるについて相当の理由があったということはできない。〉(矢野の主張する「検察官発言」について)

 などと述べた上で次のように結論付けた。



(相当性に関する東京地裁の判断)

 その他本件全証拠によっても、被告らにおいて、原告が朝木市議を殺害したと信ずるについて相当の理由を認めることも、また、これを窺うこともできないところである。



「相当の理由」を認めなかったどころか、「これを窺うこともできない」とはあまり見ない認定である。平たくいえば、「常識的に考えて、これだけでは創価学会が朝木を殺害したということにはとても結びつかないでしょ」という趣旨だろう。

 相当性を否定するのにそこまでいう必要はないし、主文にはなんらの影響もない。つまり、東京地裁はあえて「これを窺うこともできない」という文言を加えたということである。この文言には東京地裁の、東村山デマに対する断固とした姿勢と、そのような資料だけで「創価学会が殺した」と信じ込んでしまう右翼Mらに対する特別な認識が現れているように思えてならない。

 矢野穂積と朝木直子の主張もまた、裁判所にはまったく通用しないこじつけと認定されたに等しかろう。

(つづく)
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