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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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右翼M事件 第2回
牽強付会の主張

 千葉が問題とした記事と不法行為として摘示した箇所(本件記載1~3)について一般読者は、

「創価学会は殺人さえも厭わない犯罪者集団である」(タイトルおよびリード)

「朝木市議の転落死は創価学会が口封じに殺害した可能性が高いにもかかわらず、千葉は強引に自殺と捏造した」(本件記載1)

「創価学会は自殺とみせかけるために万引き事件をでっち上げた」(本件記載2)

「千葉はそのような創価学会という犯罪組織(シンジケート)の一員で、万引き捏造の事実を露顕させないために用心棒として洋品店で待ち受けていた」(本件記載3)

 と理解する、よって本件記載は千葉の社会的評価を低下させたと千葉は主張している。これに対して右翼Mは平成21年11月18日開かれた第1回口頭弁論で提出した答弁書においてそれぞれ次のように主張している。



(リード部分)
 リード部分は原告千葉が主張するところの「創価学会は殺人さえも厭わない犯罪者集団」ではない。「殺人さえも厭わない犯罪者集団が政治を牛耳る」が事実である。

(本件記載2)
 本事件「朝木市議殺害事件」に関して、「創価学会による犯行である」「創価学会が事件に関与している疑いがある」「万引きを苦にした自殺である」等の言論は、14年間に渡り種々雑多なのもが出版物及び言論活動で紹介されている。

 被告はそういった物の中から、自らの感性で創価学会に殺された可能性が高いと判断したものである。

(本件記載3)
「原告千葉が創価学会の犯罪組織に所属する人物である」とは一言も記述されていない。原告千葉による思い込みか捏造、または印象操作である。

(創価学会は右翼Mに対して訴訟という手段で幾多の攻撃を仕掛けている=右翼Mの主張の趣旨)が、こうした流れの中で、これらに追随して原告千葉が9月8日に本事件を提訴したというのは創価学会、及びその関係者と何らかの繋がり、接点があったと考えるのが妥当であるが、本件記事では、敢えて指摘せずに「創価学会シンジケートと繋がり」と軽く触れたに過ぎない。



 右翼Mの主張は、「リード部分」「本件記載3」についてはやや牽強付会の感が否めないように思える。とりわけ「本件記載3」については、右翼Mが「軽く触れた」と考えていたかどうかではなく、問題は読者がこの表現をどう受け取るかである。「創価学会シンジケートと繋がり」といわれれば、「千葉は(犯罪者集団である)創価学会と意を通じていた」と受け取るのが普通なのではあるまいか。 

 また、右翼Mは本件記事全体について次のように主張している。



(本件記事は)創価学会の悪行を糾弾するのを目的としたものである。この創価学会を批判する記事中において朝木市議殺害事件を冒頭に紹介し、次に公明党都議による選挙カーのガソリン代不正請求を糾弾している。冒頭の朝木市議殺害事件の内容を説明する過程で東村山警察署による他殺を自殺にすり替えた問題を論じている。更にその中で捜査の責任者として当時の副署長であった原告千葉の氏名が登場したに過ぎない。



 千葉に触れた箇所は「創価学会に対する糾弾」という記事のテーマではないから、名誉毀損にはあたらないと主張したいのだろうか。ただ一般に、当該記載箇所が本論であろうとなかろうと、記載された部分によって一般読者が当該記載事実を真実と受け止め、記載された者の社会的評価が低下したと判断されれば不法行為があったと判断されるようである。

求釈明の意味

 出版物や発言による名誉毀損裁判では①それが不特定多数に向けて発信されたものであるかどうか②事実摘示と社会的評価の低下の有無③それが名誉毀損であると認定されるものであれば、公共性・公益性があり、かつ真実性・相当性があるかどうか――が問題となる。

 訴えられた側はこれらの法律論をふまえて反論するのが通常だが、右翼Mの答弁書をみるかぎり、その主張は訴状の記載に従って反論しただけのもののようにみえた。平たくいえば、法律的に何がいいたいのかよくわからないように思えた。

 裁判所としても右翼Mの主張を法律的に整理する必要があると考えたのだろう。裁判所は平成22年1月27日に開かれた第2回口頭弁論終了後、右翼Mに対して次のような求釈明を行った。



被告に対する釈明事項

1 被告は、原告が主張する次の請求原因事実のどの部分を争うのか。
(1)被告は原告の社会的評価を低下させるような事実を流布したこと
(2)その点に被告に故意過失があったこと
(3)上記(1)により原告の社会的評価が低下する危険性が発生したこと
(4)原告の損害の発生及び額
(5)上記(3)と(4)の因果関係

2 被告は、抗弁としての、いわゆる真実性又は相当性の抗弁、あるいは公正な論評の法理の抗弁を主張するのか。

3 上記2の主張をする場合、原告が名誉毀損であると主張する「政経通信第38号」中の3つの記載について、どの部分が事実の摘示で、どの部分が意見又は論評であると主張するのか。

4 以上2及び3を踏まえ、抗弁事実を明らかにした準備書面を提出すること。



 この求釈明は具体的な事実関係などに対する釈明を求めるものではなく、一見すると、さほど身構えるほどのものではないように思えるかもしれない。しかし、とりわけ2以降の釈明事項は右翼Mの今後の応訴姿勢を限定するものであり、右翼Mとしても簡単には答えにくい部分もあったのではあるまいか。

 つまり、朝木明代の転落死については矢野穂積と朝木直子の主張はこれまでの裁判でことごとく排斥されており、転落死の実態が「万引きを苦にした自殺」であることは明らかになっている。右翼Mが2の釈明に対して真実性・相当性の抗弁をすると答えるとすれば、明代の転落死が「他殺」であることを立証しなければならないのである。少なくとも、次々回の口頭弁論からは証拠の提出も求められることになるのではないか。

 右翼Mは答弁書で明代の転落死について「自らの感性で創価学会に殺された可能性が高いと判断した」と堂々と述べているが、裁判官に対して「感性で判断した」と主張するなど、通常の感覚では恥ずかしくてとてもできるものではない。週刊誌の記事などを根拠に「あれは殺されたんだ」と主張することは、飲み屋の雑談としては成立しても、裁判所ではそれ自体で真実性・相当性の根拠として認められるとは考えられない。

「求釈明」を読んだ右翼Mがそこまでの流れを見通したかどうかは定かではないものの、この「求釈明」は今後の裁判の流れを限定するきわめて重要な意味があったと私はみている。

(つづく)
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