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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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東村山街宣事件一審判決(その8)
深刻な「誤読」

 右翼Mと浦安の行政書士による東村山街宣をめぐり東京地裁が彼らに言い渡した110万円の支払い命令は軽いものではない。また街宣禁止命令も一言一句まで具体的に示していたから、普通の判断力があれば、同じ趣旨の街宣はしないだろうと考えられた。

 しかし一方で、「行動する保守」一行のそれまでの街宣の状況をみる限り、その態様は尋常なものとはとうていいえず、とりわけ報復的な街宣を繰り返してきた「行動する保守」Aや西村修平、右翼M、行政書士に限っては常識が通用するのだろうかという懸念が払拭できなかったのも正直なところである。ひと月後には朝木明代の命日も迫っていた。指導者たちが街宣をするといえばまだそれなりの支援者が集まる可能性がないとはいえない。そうなれば、再び万引き被害者に対する襲撃事件の再現もないとは言い切れないのだった。

 案の定、判決直後には右翼Mが東京地裁前で街宣を行って判決を非難し、また「平成21年9月に行った追悼街宣も仮処分決定違反にあたり、裁判所から事実上否定された」と指摘された「行動する保守」Aは〈仮処分を無視して街宣を強行?〉のタイトルの下、次のように反論して、日頃の指導者然とした訳知り顔の物言いからはかなりかけ離れた浅慮を披瀝した。

〈その街宣活動(平成21年9月1日の街宣)に対して「街宣禁止の仮処分」が申し立てられていたとは今回初めて知りました。……このような「街宣禁止の仮処分」を申し立てていたのなら、それを是非明らかにして欲しいと思います。〉

 この「行動する保守」Aの記事が公開されたのは平成22年8月8日、判決から1週間以上もあとのことである。「行動する保守」Aが呼びかけ人となって行った平成21年の「追悼街宣」を批判した人物は、「裁判所が街宣禁止を命じるかどうかの判断においてその後の追悼街宣も考慮しているから、追悼街宣もまた違法性が認定されたに等しい」と指摘したにすぎず、「追悼街宣」にも街宣禁止の仮処分が申し立てられていたなどと指摘したのではない。ところが「行動する保守」Aは批判の論旨を取り違え、自分が主導した街宣もまた仮処分禁止命令が出ていたにもかかわらず、その命令を無視して強行されたものと批判されたと考えたらしい。

 仮にそう誤読したとしても、「行動する保守」の指導者ともあろう者が、いちいち目くじらを立てるほどのことでもなかろう。ところが「行動する保守」Aはこの指摘を誤読し、上記の反論に至ったのだった。枝葉末節にこだわるところに「行動する保守」Aの器量のほどがうかがい知れよう。判決文を正確に理解していればこんな反論など普通はしないだろうが、この時点で「行動する保守」Aは判決文をどう理解していたのだろうか。

 少なくとも「行動する保守」Aには、自分が呼びかけ人となった平成21年9月の「追悼街宣」について違法性が認定されたという認識はなかったのではないかと私はみている。そうでなければ上記のような誤読を犯すことは通常では考えられない。つまり「行動する保守」Aが自らに対する批判を誤読したのは、判決文の判示するところが何なのかについて正確な理解に至っていなかったことに起因しているのではないかと推測できた。

 平成20年11月に「行動する保守」Aと直接遭って以後、私はこの指導者が、通常の話がおよそ通じない人物であること、自分の主張を通すため、自分のプライドを守るためなら事実にも平気で目をつむり、それどころか保身のためには嘘の宣伝もまったく苦にしない人物であると確信した。その前提からすれば、「行動する保守」Aは東京地裁の判示する意味をおおむね理解していたが、自分に向けられた批判の矛先をかわすために、「追悼街宣」そのものに対して仮処分の申立がなされていたかどうかという話に意図的に論旨をすり替えたという見方もできる。

 いずれにしても「行動する保守」Aの主張をみるかぎり、今年の9月1日にも東村山で「追悼街宣」が行われる可能性は、東村山街宣に対する判決によっても否定されないということらしかった。

重要なアピールの場

「行動する保守」Aが主導して平成20年、21年と2年連続して行ってきた朝木明代の「追悼街宣」は彼らにとって、「朝木明代の転落死事件は自殺ではなく、再捜査されるべきだ」との主張の正当性を訴えるためにもけっして絶やしてはならない重要な年中行事である。その真意がどうであれ、明代の命日に東村山で街宣することには「行動する保守」Aら幹部の支援者に対するプライドがかかっているようにもみえる。

「行動する保守」Aは、「内部告発者」が存在するとして明代の転落死の「真相究明」と称する活動に乗り出してきた。しかし「行動する保守」Aは、それから丸3年が経過する現在に至っても「内部告発者」の存在どころかその具体的内容すらも明らかにしない。いまや「行動する保守」Aの口から積極的に「内部告発者」の話題に触れることもほとんどなくなり、「内部告発者」の話自体が根拠のないデマであるとする評価がほぼ定着している。

 また西村修平の裁判でも、彼らが頼みにしていた矢野と朝木の主張がことごとく否定され、「行動する保守」一行を東村山事件に引き込んだ責任者として「行動する保守」Aの立場はますます苦しいものになっていると推測できた。そんな内情を否定してみせるためにも、「行動する保守」Aは「追悼街宣」が禁止対象になってしまったことを認めるわけにはいかなかったということではあるまいか。明代の命日に東村山で街宣を行うことは「われわれが信じたことは間違っていない」という支援者をつなぎ止めておくための重要なアピールの場と言い換えてもよかろう。

 したがって、右翼Mと行政書士に対して街宣禁止命令が出たからといって、ひと月後に迫った9月1日に「行動する保守」一行が東村山で街宣を行わないとみるのは早計と、千葉と私はみていた。「行動する保守」に限っては常識的な判断は通用しないということである。

 案の定8月28日、「行動する保守」Aは9月1日に浦安の行政書士とともに東村山駅前で街宣することを告知した。呼びかけ人の中になぜ右翼Mが入っていないのかは不明だが、その内容は「創価学会を批判していた朝木明代市議は殺害された」とする趣旨のものになると予測できた。当然、行政書士にとっては街宣禁止命令に反することになるし、「行動する保守」Aも提訴されれば敗訴する可能性が高い。行政書士はともかく「行動する保守」Aは、提訴されても客観的に立証できる自信があったのだろうか。

(つづく)
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