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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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東村山街宣事件一審判決(その9)
老獪な弁明

 8月30日午前、「行動する保守」Aは行政書士が離脱を表明してもなお1人で街宣を行うと告知した。しかしその後に起きたぶざまな経緯からみると、「行動する保守」Aが「明代は創価学会によって殺された」とする根拠を示す自信があったのかどうかについてはかなり疑問だったのではないかと考えるほかない。迫る9月1日の追悼街宣をめぐり、「行動する保守」Aの周辺では次のような醜態が演じられた。

「行動する保守」Aは8月28日に街宣の告知を行ったが、その2日後の8月30日午前5時前、行政書士は「重要な作業があるため時間的、物理的に」参加できなくなったと表明。これを知った「行動する保守」Aは同日6時30分、行政書士が参加できなくなったことを告知した。この結果、呼びかけ人・弁士は「行動する保守」A1人となった。要するに、判決の内容を理解した行政書士はいち早く避難したということと理解できた。

「行動する保守」Aが主張するように、判決は「行動する保守」Aが東村山駅前で街宣することを禁止するものではない。しかし、「行動する保守」Aが右翼Mと同じ内容の街宣をすれば今度は「行動する保守」A自身が提訴される可能性がある。もちろんその場合、敗訴は免れまい。それでもなお「行動する保守」Aは、1人になっても街宣を行うというのだから相当の決意と覚悟があるものとみえた。

 あるいは行政書士が手を引いてもなお「行動する保守」Aはその真意に気づかず、また判決の内容をまともに理解していなかったのだろうか。常識が通用しない者の真意を推し量ることは困難だが、いずれにしても「行動する保守」一行の側からみれば、1人でも街宣を行うという「行動する保守」Aの姿勢は「行動する保守」一行の指導者として、また「行動する保守」一行を矢野のデマに引き込んだ責任者として、中身はともかくその心意気だけは評価できよう。支援者もますます敬意を深めたのではあるまいか。「さすがはA先生」と。

 ところが支援者の士気を鼓舞し、勇気づけたかに思えた「A先生」はその6時間後、「やっぱり9月1日の街宣はやめることにした」と支援者が登りかけたはしごをあっさり外したのである。その理由もまた「行動する保守」Aらしい、よくわからないものだった。「行動する保守」Aはまずこう弁解した。

〈一緒に戦ってきた同士と綿密な打ち合わせをすることもなく、今年もまた呼びかければ参加していただけると言う軽い考えでことを進めてしまったことで、混乱を招いた責任を取ることと致します。〉

 参加しないことを表明した行政書士のことをいっているとみられた。つまり「行動する保守」Aは無断で「呼びかけ・弁士」として行政書士の名前を出したが、危ないことを知っている行政書士から断られたということのようである。

 ただわからないのは、行政書士が街宣に来ないことになったとして、それがどんな「混乱を招いた」というのか。「朝木明代の転落死の真相を究明する」という点において行政書士が参加しようがしまいが支援者にとっては何の影響もないし、「混乱」したとすれば「行動する保守」Aと行政書士との関係、あるいは「行動する保守」A個人の内面においてだけなのではあるまいか。
 
「行動する保守」Aは「混乱を招いた責任を取る」といって街宣を中止するという。しかしこの際、「行動する保守」Aが「責任を取る」とは、最後まで支援者の期待や「敬意」に応えることなのではなかったか。責任者が堂々と「1人でも街宣は行う」と表明すれば、支援者の戸惑いなどあっという間に消えてなくなるはずである。本当の指導者ならそう考えるだろう。

「行動する保守」Aは行政書士が追悼街宣には参加しないといってきたことで判決の意味をようやく理解し、東村山で街宣を行うのは危ないことがわかった。しかし支援者に対してそんな弱気を見せるわけにはいかない。そこで「混乱の責任を取る」というかたちで街宣を中止したということではないかと私は推測している。要するに「行動する保守」Aは、なんら責任のない支援者をダシにして「危ない」街宣から手を引く口実にしたということになろうか。さすがに老獪である。

矢野と行政書士に対する嫌悪感

 一方、「行動する保守」Aが8月28日に街宣の告知を行った際、「呼びかけ人」として名前が挙がっていなかった右翼Mは翌29日、どういうわけか「行動する保守」Aらが予告した街宣開始時刻の1時間前に街宣を行うという告知を行っている。「行動する保守」Aらの街宣が始まる時間帯には街宣を終えるというのだから、右翼Mは「行動する保守」Aらとは一線を画し、独自に街宣を行うということらしかった。

 それどころか、右翼Mの平成22年8月29日付ブログからは矢野と朝木、さらには行政書士に対する非常な嫌悪感のようなものがひしひしと伝わってくる。わざわざ「追悼街宣」を告知するタイミングで矢野・朝木と行政書士を並べて間接的に批判していることには何か意味があるようにも思える。もともと行政書士と矢野・朝木は、矢野が作成したビラの配布を通じて「草の根」の議員控室で懇談するなど東村山街宣以前から関係が深い。そのことを右翼Mもよく知っているはずである。

「朝木市議転落死事件の真相究明」という目的は共通しているはずなのに、それまで共闘していた右翼Mと行政書士や「行動する保守」Aが判決後なぜ急に、別々に街宣を行うことになったのか。裁判で行政書士は、相被告であるにもかかわらず街宣の責任を右翼Mに押しつけるかのような主張をした。行政書士はこれまでの裁判の結果から、矢野・朝木の資料によっても真実性・相当性が認められる可能性がないことを薄々感じており、それなら自分だけは責任を免れる道を選ぶ方が得策と判断したようにもみえる。

 かつて矢野と朝木も、「週刊現代」裁判で同様の手法をとって相被告である講談社と決裂したというよく似た例もある。保身のためなら人を裏切ることなど何とも思わない者にとってはよくある話のようである。判決が確定した場合、右翼Mと行政書士が連帯して命じられた110万円の支払いをめぐっても、すべての責任は右翼Mにあると主張している行政書士が右翼Mに対してすんなり連帯責任を認めるとも考えられない。

 責任をなすりつけようとする相被告と控訴審をどう戦うのかという問題もあろう。その過程で、右翼Mと矢野・朝木、行政書士との間で何かがあり、それが彼らに対する嫌悪感をあらわにした右翼Mの筆致につながったようにも思える。当然そのことは「追悼街宣」のやり方にも影響を与えただろう。

 ところで8月27日、右翼Mは地元中野で政治集会を開催している。「行動する保守」Aはこの集会を自身のブログで紹介するとともに参加を表明、右翼Mはこのことをブログで嬉々とした様子で紹介している。「行動する保守」Aが右翼Mを排除するかたちで「追悼街宣」の告知を行ったのはその翌日のことである。

「行動する保守」Aがその集会に参加したとすれば、9月1日に開催しようとしていた「追悼街宣」について右翼Mとなんらかの相談をした、あるいはそのつもりだったということではあるまいか。ところが不思議なことに、その後右翼Mは集会の報告記事をブログに掲載したものの、「行動する保守」Aについては触れてさえおらず、「行動する保守」Aが参加したのかどうかも定かではない。結果として、「行動する保守」Aは「追悼街宣」で右翼Mを排除し、右翼Mは独自に街宣を行うことになったという事実だけが残った。

 その後、行政書士と「行動する保守」Aは相次いで街宣から手を引いた。その時点で周囲からは中止した方がいいという声もあったようである。しかし、右翼Mは「1人でもやる」と息巻いた。右翼Mの記事からは「自分は駆け出しのネット系ウヨクとは違うのだ」という強い自尊心のようなものが感じられた。

(つづく)
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