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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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西村修平事件控訴審判決(その1)
異様な高揚感

 対「行動する保守」裁判の最初の口頭弁論が開かれた平成20年11月13日午後、今はなき東京地裁八王子支部3階の廊下は傍聴人であふれていた。西日が差し込む窓側のベンチは隙間なく埋まり、法廷側の壁にも人が並んで立っている。その数はざっと50名を超えていただろう。

 その日、原告の千葉と私は正面エレベーターを避けて反対側の階段から上がってきた。階段から法廷に続く角を曲がり法廷前の廊下に差しかかると、にわかに前方がざわめき、その中から「千葉のお出ましだー」などとはやす声も聞こえた。

 傍聴人たちはおおむねスニーカーにジャンパー、リュックといった外歩きの装備で、見るからに街宣参加者の風情である。彼らは八王子駅前の街宣に参加してきたらしく、その表情からは「朝木明代殺害事件の真相究明」「悪徳副署長の追及」の意気込みを十分に高ぶらせてきた様子がうかがえた。

 私は敵意のような視線を感じながら傍聴者たちの間を通りすぎ、反対側の踊り場近くに立ってあらためて傍聴者たちを眺めた。彼らは矢野穂積と朝木直子のデマに踊らされた西村修平や「行動する保守」A、そして彼ら指導者の主張を妄信した結果、それなりの時間と労力と費用もかけてわざわざ裁判所までやって来たのだろう。

 人を現実的に動かしてしまうデマとは恐ろしい。15年前のまさにちょうどこの時期、国会議員が矢野のデマを政争の具に利用し、捜査機関に圧力をかけた結果、千葉は孤立無援の状況にあった。矢野と水面下で結託した政治家たちは総選挙が終わるとすみやかに手を引いた。いつまでも矢野のデマと関わればわが身の政治生命を脅かしかねないことを知っていたからである。結果として、あるいは矢野や政治家の宣伝に乗るかたちで大騒ぎした週刊誌もその後、矢野の正体を知り、事件にはほとんど触れなくなった。

 それから15年がたち、矢野のデマを否定する判決が相次いで言い渡されている状況にあって、新たに矢野のデマを真に受ける者が出現しようとは思いもよらなかった。目の前では「行動する保守」Aによる「内部告発」や集会における矢野と朝木の訴えに触発されてデマを信じ切った者たちが、現実的には社会からは相手にされない義憤を募らせている(彼らはたぶん、それを義憤だと思っている)。それでも目の前にいる支援者たちはまだ氷山の一角にすぎないのだろう。

 一方、千葉追及の熱気を帯びた支援者の群れをかき分けるように法廷に入っていく被告の西村や、彼らを東村山デマに迷い込ませた張本人である「行動する保守」Aの表情にはなぜか支援者のような高揚感は感じられなかった。裁判の当事者が傍聴人と同じ気持ちであるはずはないが、それを差し引いてもなお私には、これから真相解明に着手しようとする者の決然たる意思のようなものを西村や「行動する保守」Aの表情から読み取ることはできなかったのである(その理由は、西村に対する反対尋問でも明らかになった)。

 結局この日、廊下にあふれた支援者たちは定員20名程度の法廷にはとうてい入りきれず、私も傍聴することはかなわなかった。

雨にかき消された街宣

 それから2年後の平成22年10月28日午後、控訴審判決が言い渡される東京高裁の法廷前は対照的に静まり返っていた。入口付近に腕章を付けた3名の裁判所職員が警戒にあたっているだけで支援者とおぼしき人影はない。私は念のために待合室をのぞいた。すると西村、女傑Mのほかに3、4名の支援者がいることは確認できた。

 この日は朝から冷たい雨が降りしきっていて、午後になっても雨足はいっこうに衰えなかった。「行動する保守」の重鎮が訴えられている裁判の判決言い渡しだというのに、支援者がほとんど集まらないのは街宣日和とはいえないこの天候のせいだろうか。この裁判の重要性を認識しているはずの「行動する保守」Aやその弟子、右翼Mも行政書士もいない。2年前の八王子の賑わいはなかった。

 千葉は前日「大荒れになるかもしれない」という連絡を受け、判決言い渡しには出廷しないことにしていた。「大荒れ」とはもちろん天候のことではなく判決後の法廷のことである。千葉は西村の控訴が棄却される可能性が高いとみていたということだろうか。一審判決が覆れば「大荒れになる」ことはなかろう。

 まだ開廷までには10分ほど間があった。開廷直前に支援者が押しかける可能性もないとはいえない。そこで私は先に法廷に入り、開廷を待つことにした。

 5分前、傍聴人が入ってきた。しかし西村の取り巻きの人数は増えていない。あとは公安とおぼしき一団が4、5名、ほかに傍聴人が2、3名である。西村の支援者よりもその他の傍聴人の方が多いのだった。

 西村が控訴人席に座り、間もなく3人の裁判官が入廷した。右翼Mが当事者ではないからということなのか、ガードマンは配置されていない。書記官が事件番号と当事者名を読み上げると、裁判長がただちに判決が言い渡した。

「主文。本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」

 東京高裁は西村に10万円の支払いを命じた一審判決を追認した。裁判長は判決を言い渡すやいなや、ちらっと西村の方に目をやって西村の反応を確認した。しかし西村はこの日、机に書類を叩きつけることもなく、抗議の声を上げることもなかった。女傑Mら支援者もおとなしく、幸いにも「大荒れ」にはならなかった。法廷で大声を上げても何の効果もないことを彼らもようやく学んだらしかった。

 判決から十数分後、西村一行は雨の中で街宣の準備を始めた。5、6人程度しか集まらなくても街宣はやるらしい。私は判決文の受領を待ちながら、ときどきロビーに出て様子をうかがった。しかし傘を差しているために、誰がしゃべっているのかわからず、その内容も聞き取ることはできない。この強い雨の中では街宣も雨音にかき消されよう。もちろん立ち止まる者など誰もいない。それでも一行は、20分程度は街宣を続けた。

 街宣の内容が事実に基づいており、本当に社会に貢献するのなら、彼らの行動もまだ評価できよう。だが彼らの主張は、矢野のデマ宣伝を手伝っているにすぎない。「行動する保守」一行は非を認めることも現実を受け入れることもできないようである。西村は11月9日、判決を不服として上告状を提出した。

(つづく)
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