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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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「行動する保守」事件 第15回
「周辺」の「証言」

 タレ込み電話とタイミングを合わせるかのように、情報攪乱の動きではないかと思われる情報発信がもう1件あった。タレ込み電話の前日、『夕刊フジ』(平成7年9月5日付=4日発行)に電話の内容と矛盾しない情報が掲載されていたのである。男が電話してきたのは5日の午前0時過ぎだから、実質的にはタレ込みと同じ日といってもよかろう。以下のような記事だった。

〈朝木氏の靴はいまなお見つかっていない。またマンションにいた人が落下時刻の午後10時ごろ「キャー」との女性の声を聞いている。周辺では「ドサッという音(筆者注=明代が転落した際の音)がする前にボソボソという不審な声が聞こえた」という証言も。〉

 この「証言」は明代が転落した際に第三者の存在があったという点で電話の話と共通点がある。2つの話を合体させて「女性を運び込んだ数人の男が明代を落とす前に何事かボソボソとしゃべっていた」という状況があったと理解してもなんらの矛盾もない。それどころかむしろ『夕刊フジ』とタレ込みの話は補完関係にあるようにもみえる。

 ただ『夕刊フジ』の情報の出所は「周辺」ということだが、それがどこの「周辺」、あるいは誰の「周辺」で、「証言」と呼べるような裏付けがあるのかどうかを含めてきわめて頼りない。本当の「証言」なら、「証言も」などという曖昧な締めくくり方はあり得ないし、9月5日未明のタレ込みと同様にその「証言」をした者が東村山署に直接出向いた事実もない。ただ確かなのは、それが誰なのかはわからないものの、『夕刊フジ』の取材に「不審者がいた」と証言したが警察には行かない不自然な人物がいたということである。

タレ込みと一致する矢野情報

 その後、タレ込みの人物も『夕刊フジ』に「不審者」の「証言」をした人物も東村山署にはなんら接触してきていないが、タレ込みの人物は矢野に連絡していたようである。タレ込みから半年後の平成8年4月、矢野は『週刊宝石』で次のようにコメントしている。



矢野   「朝木氏が4人の人にビルへ連れ込まれるのを見た」……など、こちらには新たな話が集まっています。



 ここで矢野が明確にいっている「4人」という犯人の人数がタレ込み電話と一致していることは注目に値する。これほど現場をはっきり「目撃」をした人物が多くいるとは思えない。いれば誰かが東村山署に出向いて証言してもおかしくないが、そんな「証言」をした者は電話によるタレ込み以外にはない。矢野のいう「4人の犯人」の情報が外部からもたらされたものであるとすれば、矢野に情報提供した人物は平成7年9月5日に東村山署にタレ込み電話をし、千葉に「バカ野郎」と怒鳴りつけた男と同一人物であるとみていいのではあるまいか。

 ただ、この人物の「証言」がかなり眉唾であることは東村山署による現場検証や聞き込みからも明らかであることに変わりはない。したがって「朝木氏が4人の人にビルへ連れ込まれるのを見た」という話は作り話である可能性が高く、この人物が「見た」というのも嘘ということになる。

 するとこの作り話は、どこで、誰が作ったのか。作り話なら、なにもタレ込み電話をした匿名の男本人によるものである必然性はない。その男から聞いたといっている者が実は作者である可能性もないとはいえまい。

 平成7年12月22日、警視庁は明代の転落死について「犯罪性はない」すなわち「自殺」として捜査を終結したが、その後矢野は朝木とともに発行する政治宣伝ビラ「東村山市民新聞」において「東京地検が東村山署に再捜査を命じる」などと、あたかも警視庁の結論が覆されたかのような明らかなデマを流布していた。

 矢野の「週刊宝石」におけるコメントもデマ宣伝の一環にほかならない。なぜなら「朝木氏が4人の人にビルへ連れ込まれるのを見た」とする情報について矢野は、この情報が誰からもたらされたかについてなぜかいまだ明らかにせず、また明代の転落死をめぐる幾多の裁判の中で矢野がこの「情報」を「他殺の証拠」として主張したこともない。矢野は早い段階で「使えないネタ」と判断したということらしかった。

 いずれにしても、「行動する保守」が聞いたとする「内部告発」については10年以上前に上記のような出来事があったのである。

冷たい矢野の反応

 平成8年の矢野のコメントをふまえると、「行動する保守」のいう「内部告発」については、具体性に欠けることのほかにもう1点、重大な疑問があった。「行動する保守」Aのいう「内部告発者」が現実に存在したとして、この人物は平成7年以降一貫して「他殺」を主張している明代の長女で東村山市議の朝木直子や矢野穂積にもその情報を伝えなかったのだろうかという疑問である。

 それまで「他殺説」を主張して「真相究明活動」(らしきもの)を行ってきたのは矢野と朝木であり、「内部告発者」がいたとして、この2人を差し置いて「行動する保守」Aに連絡する必然性は常識的には考えられない。仮になんらかの行き違いで「行動する保守」Aに先に連絡が行ったのだとしても、矢野と朝木にも同じ情報が伝えられていてもなんら不思議はないと私は考えた。

 矢野にも「内部告発」情報は伝えられたのだろうか。平成20年8月7日、私は矢野に会う機会があったのでその点について直接聞いた。



――内部告発があったそうですが。

矢野  何焦ってんの?



「行動する保守」Aが「内部告発」話を公表したことを矢野が知っていたことはこれで確認できた。



――先生(=矢野)のところには内部告発なかったの? 「行動する保守」Aのところにあって先生のところにないのはおかしいですね。

矢野  お前には用がないんだよ。



 平成8年に「朝木氏が4人の人にビルへ連れ込まれるのを見た」とする情報を入手したとして週刊誌に公表していた矢野は、仮にその情報に信憑性があると考えていたのなら、自分が発信した情報と共通点を持つ「行動する保守」Aのいう「内部告発」の内容について誰よりも先に検証する必要があるのではないか。にもかかわらず、矢野のこのふてくされた態度はどういうことだろうか。矢野にも「内部告発」があったのなら「あった」と答えればいいだけの話で、「何焦ってんの?」などとはぐらかす必要も、「お前に用はない」とことさら邪険に扱う必要もあるまい。

 この冷たい矢野の反応はどういうことなのか。矢野は「行動する保守」Aのいう「内部告発」なるものが眉唾だということを確定的に知っていたのではないか。私にはそう感じられた。

(つづく)
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