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「行動する保守」事件 第17回
憶測の伝聞

「行動する保守」Aは、客観的にどうみても朝木明代の転落死事件とは関係なさそうにみえる全国明という人物の転落死について述べたあと、その「警察官」に会う直接の動機についてまず述べる。



 私としては昔から全国明の転落死事件が非常に気になっていたので、何か逆に警察官から聞き出せるのではないかとの思いもあり会う気になりました。



 この段階で「行動する保守」Aはまだ、この「警察官」が朝木明代の事件捜査に関わった人物なのかどうかについてなぜかまったく触れない。これは奇妙なことではあるまいか。あらためて確認すると、「行動する保守」Aは平成20年7月29日の八王子駅前街宣で次のように述べている。

(八王子街宣=平成20年)
〈現職の警察官は、「自分たちは犯人を特定した。3名であった。しかし検察側からの圧力もあって、これを、捜査を断念せざるを得なかった」――そのようにはっきり述べました。〉

「行動する保守」Aが会った警察官は「『自分たちは犯人を特定した』と述べていた」という。「自分たちは……」というのだから、八王子街宣の時点で「行動する保守」Aは、その警察官が朝木明代転落死事件の捜査に関与していた人物であるとしていたわけである。そのことを「行動する保守」Aは、裁判所に提出する陳述書でなぜ明確に述べないのか。

 その理由は、以下の本論で間接的に明らかになる。



(いわゆる「内部告発」の実体)

 その時(筆者注=その警察官に会ったとき)の事ですが、私が朝木さんの事件で、あれは殺されたのではないですか? と聞いたところ、警察官は次のように話をしました。

「当時現場近くで怪しい3人が目撃をされており、捜査が進むものと思ったが、上の方(検察)がやる気をみせないのでそのままになってしまった。後でその検事が創価学会員だと分かったので、上の方に圧力がかかったのかもしれないと当時聞いた。」

 との話を伺いました。



 平成20年の八王子街宣の内容とはだいぶ違っていることに気づこう。「行動する保守」Aは陳述書で自分が何をいっているのか、わかっているのだろうか。

 この話のうち、「行動する保守」Aの目の前にいる警察官が具体的にどの部分を自ら経験したのか。この話の中で、「行動する保守」Aは特にどの部分が警察官の実体験であると特定していないから、「当時聞いた」という部分のみがこの警察官の経験であると理解するのが自然だろう。

 するとこれはいったいどのような事実に関する「証言」であり、「内部告発」といえるのか。「行動する保守」Aが警察官から聞いたとする話は事実だったとしても、警察官の立場からしても伝聞にすぎず、「行動する保守」Aが裁判官に対して主張するとすれば「伝聞の伝聞」か、それ以下の代物であることを免れない。

 警察官の「伝聞」の内容にしても、文末は「圧力がかかったのかもしれない」である。つまり「警察官がきいたとする人物」にしたところで「憶測」を話したにすぎないことになる。「憶測の伝聞」である。常識的に、こんな話のいったいどこを、どんな根拠をもって信用することができようか。その内容いかんにかかわらず、こんな話は社会ではまともに相手にされない。

 すると「自分たちは犯人を特定した」と語ったとしていた八王子での街宣内容は嘘だったということになろう。「行動する保守」一行の重鎮は「ジャーナリスト」を自称することもあるにもかかわらず、こんな話を「内部告発」として大騒ぎし、多くの支援者をデマに引きずり込み、ついには万引き被害者襲撃事件をも引き起こしたのである。その道義的責任はきわめて大きいのではあるまいか。

最初のデマに回帰

 陳述書には、さらに重要な八王子街宣との相違点がある。八王子の街宣では「自分たちは犯人を特定した。3名であった。」と聞いたといっていたのが、陳述書では「怪しい3人が目撃をされており」と後退している。すでにまったく別の話といってもよかろう。「怪しい3人」とは何なのか。

「行動する保守」Aは「3人の犯人」がいつの間にか「怪しい3人」に変わっていても特に支障がないと思っているのだろうか。いくら「行動する保守」Aでもそこまで無謀ではないだろう。これから先は私の推測だが、「行動する保守」Aが警察官から聞いたとする話では、そもそも「3人の犯人」などという断定的なものではなく、最初から「怪しい3人」あるいは「不審者」だったものを、「行動する保守」Aは街宣で「3人の犯人を特定」と断定的に宣伝しただけだったのではないか。

「行動する保守」Aが最初に聞いたのが「怪しい3人」(あるいは「不審者」)だったとすれば、陳述書における変遷も理解できる。また人数こそ違え、「不審者を目撃した」とする最初のデマ(タレ込み電話および矢野のコメント=本連載第15回)とも符合する。警察官が聞いたとする「怪しい3人」という話も、元をたどれば矢野のコメントが出所だった可能性は十分にある。

 私が矢野にこの「内部告発」の話を切り出した際、矢野がつれない態度をとった(本連載第15回)のも、情報の出所とその信憑性について何か心当たりがあったからなのかもしれない。

空気を読めなかった重鎮

 その警察官は朝木事件にはなんら関与しておらず、警察官から聞いたという話自体が伝聞で、しかもその内容も「犯人を目撃した」どころか実は「怪しい3人を見た」などという雲をつかむような与太話だった。そんな話をもとに「真相究明」ができるなどと考えるのは、「怪しい人物」を簡単に「犯人」と思い込める「行動する保守」Aぐらいだろう。このとんでもない粗忽者は陳述書でこう続ける。



(街宣をした動機)

 私が何とかそのことを表沙汰にできないのか? と更に聞くと、「余程世論が盛り上がらなければ無理じゃないか。」とも言っていました。しかし、私はそのことに期待をかけて故朝木明代さんの事件が注目される事になれば、何らかの事態の進展が見られるのではないかと期待して、真相の究明を行って来たのです。



 こんな与太話を表沙汰にしてどうする? 警察官なら「怪しい3人」などという話では立件などできるはずがないことはよくわかっているだろう。ところが「行動する保守」Aは予想に反して「怪しい3人」に非常な興味を示した。警察官が「世論うんぬん」といったのは、情報を得たいと思っている相手に対してあまり頭ごなしに冷たい言い方をするのもどうかという大人の気遣いだろう。要するに「そんなことはできるはずないよ」とやんわり否定したのである。

 それをこの「行動する保守」の重鎮は、「世論を盛り上げれば何とかなるのか」と勘違いした――この場面はそういうやり取りなのではあるまいか。続く「そのことに期待をかけて」という「行動する保守」Aの言い方からすれば、「怪しい3人」よりもむしろリップサービスのつもりだった「余程世論が盛り上がらなければ無理じゃないか」という警察官の大人の配慮がかえってアダとなり「行動する保守」Aを煽る結果になったのかもしれない。空気が読めない、というのだろうか。

 いわば〈「余程世論が盛り上がらなければ無理じゃないか。」とも言っていました。〉というのは、「怪しい3人」の裏付け調査もしないまま「犯人」と決め付け、街宣という愚行に出た「行動する保守」Aの言い訳でもあろう。「行動する保守」Aは街宣活動によって「世論」を盛り上げ、「事件を進展」させようとした、それが「真相究明活動だ」といいたいようだが、すべて「行動する保守」Aの思い込みだったことは結果からも明らかというほかない。

 つまり陳述書における警察官とのやり取りのくだりは、警察官はそもそも「怪しい3人」といったにすぎなかったという事実(もちろんこれもデマである)と、それを「行動する保守」Aが勝手に「3人の犯人」と思い込んだこと、さらにそれが東村山デマに参入するきっかけだったことをみごとに告白していた。陳述書を見た代理人が和解を決断したのはきわめて賢明な判断だったというべきだろう。

 なお「行動する保守」Aは、その他の書証として「全国明と一緒に発行した本」、「政治経済誌関係者の証言」も弁護士に提出したようだが、それらはいっさい千葉のもとには届いていない。無関係と判断したということのようである。

(了)
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