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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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朝木明代転落死・鍵隠蔽事件 第1回
真相究明につながる可能性

 平成7年9月1日に発生した東村山市議(=当時)朝木明代の(万引きを苦にした)自殺をめぐり、現東村山市議の矢野穂積と朝木直子(いずれも「草の根市民クラブ」)は「自殺ではなく他殺」あるいは「明代は政治的に対立する勢力(創価学会・公明党)によって謀殺されたのだ」と、事件性を否定する東村山署とは真っ向から対立する主張を展開していた。その根拠の1つが、「明代が所持していたはずの事務所の鍵(鍵束)が9月2日の現場検証の際に発見されず、翌日になって現場ビルの2階で発見されたこと」だった。

「明代が持っていたはず」と矢野と朝木がいう鍵は、現場検証の翌日に転落したビル2階の焼肉店員がおしぼりケースの中から発見。9月4日午前1時に東村山署に届け出ている。鍵の発見状況は偶然落としたというようなものでなく、何らかの意図をもって置かれなければあり得ない状態だったと東村山署は判断している。

 事件発生直後の現場検証で発見されなかったということは、現場検証の終了後に何者かが置いた可能性が高い。それが誰であれ、鍵の存在を隠す意図なら、現場ビルなどに置く必要はない。鍵を置いたのは誰で、目的は何だったのか。その真相究明につながる可能性を秘めた裁判が7月1日に始まる。

「主権回復を目指す会」代表の西村修平を提訴していた裁判で東村山警察署元副署長千葉英司は、この鍵がおしぼりの間から発見されたことを明らかにした上で、「鍵は警察犬を導入した現場検証の終了後に置かれた可能性がある」と述べた。西村の主張のいっさいを支援していた矢野はウェブ版「東村山市民新聞」で次のように反論した。



(記事1)

決定的事実がついに判明! ★副署長チバが、「自殺説」を自ら全面的に否定! そして「何者が何の目的で置いたか解明できていないが警察犬が帰った後に朝木明代議員の鍵束が置かれた可能性がある」(チバ陳述書)などとヌケヌケ言っているが、解明できるはずがないのだ! 唯一最大の殺害犯に直結する物証(鍵束)を、わずか1週間で単なる「遺失物」扱いで遺族に返している!捜査をする意思のなかった何よりの証拠だ。
……
 なぜ副署長チバは、捜査をしなかったか!? ……副署長チバ、もう逃げ口上は無理なのだよ。

(記事2)

元副署長チバが、決定的事実を認める!  ★「警察犬が帰った後に朝木明代議員の鍵束が置かれた可能性がある」(チバ)⇒チバ「自殺説」を自ら全面的に否定! ★決定的事実を知りながら、なぜ、今まで一度も公表しなかったか !! ⇒ 証拠事実の隠匿は明らか!  ★やはり知っていた! ⇒「自殺説」を木っ端微塵にし、高裁7民判決も吹き飛ばし、殺害事件を決定付けた重大自白。▼副署長チバは、捜査責任者として詳細を全面自供し事実隠匿の責任をとりなさい! ▼警察内部からの事件捜査関係者の告発を、強く呼びかけます。



 これに対して千葉は平成23年5月13日提訴した。千葉は訴状で、「本件記事は、捜査責任者である原告が、亡明代殺害の証拠である鍵束を発見した事実を隠匿したとの事実を摘示し」、読者に対し事実を隠匿したかのような印象を与えたなどとして、矢野と朝木に対し140万円の支払いと上記記事の削除を求めている。
 
 矢野の記事を一読して理解することは難しいが、全体として「千葉は証拠事実を隠匿した」「千葉は自殺説を自ら否定した」といいたいのだろう。裁判で矢野は「千葉が他殺の証拠を隠匿した事実」を立証しなければならないと思うが、答弁書はまだ提出されていない。

 ちなみに最後の「警察内部からの告発」は「行動する保守」Aに対するリップサービスだろうか。そもそも「内部告発」なるものの内容自体、平成8年に矢野が週刊誌にコメントした内容と酷似しており、たんに矢野が投げたものが何人もの口(幾重もの伝聞)を経由して戻ってきただけという可能性もあると私はみている。少なくとも「行動する保守」Aは、「内部告発」なるものが「伝聞の伝聞」であることを認めている。通常の社会では誰もまともにとりあわない代物である。

 いずれにしても、「千葉が証拠事実を隠匿した」という事実について矢野と朝木がどう立証していくのか、注目したい。

デマを認めた宗教評論家

 余談だが、平成23年6月13日、宗教評論家の丸山照雄が死去した。自民党(当時)の亀井静香を中心として組織され、矢野が宣伝した「創価学会疑惑」を政争の具として最大限に利用した「四月会」に深く関わっていた人物である。平成8年の衆院選後、私はある人物の通夜の席で丸山と二言三言言葉を交わす機会があった。

 当時、私は月刊誌の編集者として朝木の転落死事件について取材を続けていた。丸山をみかけた私は、またとない機会なので丸山に近づき、名刺を差し出した。すると丸山は「ほほーっ、あの」と目を丸くして大げさに驚いた。「あの」とは私が月刊誌で書いた記事などのことを指していることは明らかだった。四月会にとって、私は敵だったはずである。

 衆院選前には四月会が全国で展開していた宗教と政治に関するシンポジウムを取材し、記事にしたことがあった。そのシンポジウムに丸山もパネラーとして登壇していた。その号は四月会から直接注文があった。丸山はおそらくその記事にも目を通していたにちがいない。しかしそのとき、丸山から記事に対する反論は一言もなかった。

 丸山との短い会話の中でもとりわけ印象に残っているやりとりがあった。私は丸山に次のように聞いた。

「四月会は今後も、朝木明代は創価学会に殺されたと宣伝するんですか?」

 すると、丸山はこう答えた。

「いやあ、もうしませんよ」

「もうしません」とは、四月会すなわち自民党が朝木事件を政争の具として使ったということにほかならなかった。平成8年の衆院選で十分に目的を達した自民党はもう朝木事件などに用はないのだった。

 丸山ら四月会が東村山デマの表舞台から退いて15年近くになる。ところが、四月会のようにある明確な意図をもってデマの拡大・浸透に大きく寄与した者が手を引いても、今度は「行動する保守」一行のように単純にデマを妄信する者が出現することもある。デマだけが生き延びるとは恐ろしいことではあるまいか。

(つづく)
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