ブログマガジン エアフォース
ブログで興味深い記事を公開していきます。
著書紹介

民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

最近の記事

カテゴリ

プロフィール

プールマン

Author:プールマン

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

QRコード

QR

FC2カウンター

万引き被害者威迫事件 第21回
矢野穂積からの訴状

 矢野が自らの発言内容を変えてまでパート店員との「会話記録」の信憑性を主張した平成14年11月28日の証言からひと月後、私は『東村山通信クラブ』(平成15年1月発行)という不定期ビラで次のような記事を書いた。シリーズで執筆していた「矢野穂積 知られざる実態」の第4回である。――

「“脅し”の手口 『万引き』隠蔽工作の構図」――善良な市民を追い詰める度重なる“威迫行為”

取調室では、「多忙」を理由に
何も質問しなかった明代氏

 自らに対する批判をいっさい受け付けず、批判する者に対しては「『裁判するぞ』と脅す」。この「草の根」の特異性は、平成7年6月19日に発生した朝木明代氏(元市議、故人)の「万引き事件」(同年7月12日に書類送検)でもいかんなく発揮された。

 矢野氏が明代氏を伴って最初に「事件」の舞台となった洋品店を訪れたのは、事件から10日ほどたった6月30日午後5時20分ごろのこと。実は、その1時間ほど前まで、明代氏は東村山警察署の取調室にいた。取調室で明代氏は、捜査官から「あなたに万引きされたという訴えが出ている」と告げられる。明代氏は、「まったく身に覚えがない話」などと語っている。

 しかし、身に覚えのないことで訴えられたというのなら、訴えたのは誰で、どういうわけで自分が犯人と名指しされたのか、その内容をまず確認するのが普通だろう。

 ところがその日、明代氏は「創価学会の陰謀です」と大声で主張するのみで、訴えの内容について何一つ質問しなかったという。これは不思議なことではあるまいか。その日は結局、警察は調書をとることはできず、明代氏は「多忙」を理由に30分で取調室を退去した。

まるで暴力団の“お礼参り”
「多忙」なはずの明代氏が矢野氏とともに万引き現場に現れたのは、取調室を出てから1時間もたっていない夕方5時20分ごろのことである。警察は被害者について「駅の近くの洋品店」としか伝えていない。ところが、「まったく身に覚えのない」はずの明代氏は、1時間もたたないうちに現場を探し当てたのである。

 東村山署の調べによればこの日、洋品店に店主がいなかったために彼らは都合3回店にやって来た。5時20分、7時、8時前の3回である。矢野氏は店員に「取材です」といい、最後の3回目にこう言い残した。

「オーナーに、証拠もないのに人を訴えると罪になると伝えて下さい」

 実は、店員は万引き事件について何も答えていない。つまり、矢野氏も明代氏も、その時点では何の「取材」もできていない。否、する気もない矢野氏は、「被害届を引っ込めた方が身のためだ」と言いたかったのだろう。善良な市民を追い詰めようとする彼の“威迫行為”は、まるで暴力団の“お礼参り”のようだ。

 彼らの“お礼参り”はまだ終わらなかった。それから2日後の7月2日には、今度は明代氏が支持者とおぼしき男(小坂渉孝)とともに洋品店を訪れた。その日、店には店主がいた。明代氏は、店内を一回りし、店主に向かってニヤリと挑戦的な笑みを投げると、何もいわずに立ち去ったのである。

 その30分後、明代氏は店主がいることを矢野氏に報告したのだろう。今度は矢野氏から電話がかかった。

「罪もない人を訴えると誣告罪になるんですよ」

 矢野氏は電話に出た店主に向かってこういった。店員に言い残したセリフと同趣旨である。つまり、6月30日の3度にわたる来訪、そしてこの日の明代氏の不可解な行動と矢野氏の電話が明らかに一連の動きであることがわかる。その内容は、矢野氏のいうような「取材」などではない。訴えを取り下げなければ告訴するぞという“脅し”ではないか。

改ざんした会話記録を証拠として提出
 明代氏の万引きをめぐる裁判で矢野氏は、6月30日の洋品店でのやりとりの録音反訳を証拠として提出している。ところが、その反訳には2回目までの会話しか入っておらず、1回目の時間も「5時20分ごろ」だったものが「7時」にすり替えられていた。取り調べの直後では早すぎて、「真犯人」であることを自白しているようなものだからか。そして、3回目しての会話からは最後の矢野氏のセリフがカットされている。それは、「オーナーに、証拠もないのに人を訴えると罪になると伝えて下さい」。自分でもそれが“脅し”であることを十分に自覚していたのだろう。

 被害者を脅した事実があったかどうかは、「『万引き事件』の真相究明(特に犯人性)において極めて重要な要素となる」と矢野氏自身も言っている。彼らの一連の行為は、明代氏が万引き犯であることの証であるといえまいか。

 矢野氏はこの時点ですでに、明代氏が犯した万引きの隠蔽工作に加担していたとしか考えられない。

――以上が『東村山通信クラブ』の記事である。その平成15年の11月10日、矢野と朝木直子は共著『東村山の闇』を上梓するが、東村山署が書類送検の理由の1つとし、また「会話記録を改ざん」とまで書かれた平成7年6月30日のブティックへの来訪の件には1行も触れられていなかった。矢野からこの『東村山通信クラブ』の記事をめぐり、500万円の慰謝料を請求する求める訴状が届いたのは翌平成16年2月14日、ビラ発行から約1年後のことだった。


(第22回へつづく)
関連記事

テーマ:裁判 - ジャンル:政治・経済

TOP