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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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右翼M事件 第10回
きわめて短絡的な解釈

 ところで、右翼Mが「判断の誤り」と指摘する一審判決の該当個所は次の部分である。



 原告が創価学会シンジケートで繋がり、本件洋品店での小競り合いの際、本件洋品店の店主を装って用心棒を演じたことは、被告の推測にすぎず、本件記事を記載した当時、これらの事実を被告が信じるについて相当の理由があったと認めることはできない。



 この部分をどう読めば、右翼Mのいうように〈「店主を装っていないのだから、創価学会シンジケートとは繋がりがない」との判断に至っている。〉という理解になろうか。

 判決は「店主を装ったか装っていなかったか」によって「創価学会シンジケートで繋がっているかどうか」が判断できるといっているのではなく、むしろ「創価学会シンジケートで繋がり」という事実が前提としてあり、その結果として「店主を装った」かどうかを判断しているのであり、「店主を装ったかどうか」を「創価学会シンジケートに繋がっているかどうか」の判断基準としているわけではない。したがって、上記の右翼Mの主張は独自の主張ということになろう。

 そもそも東京地裁立川支部(飯塚宏裁判長)は、右翼Mが記載した「(千葉は)創価学会シンジケートと繋がり」とする文言に対する一般人の理解について次のように認定している。



 当該用語は、創価学会の犯罪組織との意味として理解するのが一般人の通常の解釈であると認められる。

 また、被告は、……創価学会が犯罪集団であるという前提の下に、原告が、……本件窃盗被疑事件及び本件転落死事件の真実を歪曲したという本件記事の記載を見れば、……原告は、創価学会シンジケートなる組織との何らかの関係から、その意を受けて、当該行為(=前記「真実の歪曲」)を行ったと理解するのが一般の読者の読み方であり、……



 このように東京地裁立川支部は「創価学会シンジケートで繋がり」とする文言について、洋品店襲撃事件とは関係なしに、「(千葉はもともと)創価学会シンジケートなる犯罪組織と何らかの関係がある」と理解するのが一般人の通常の理解であると認定している。したがってこの点からも、〈「店主を装っていないのだから、創価学会シンジケートとは繋がりがない」との判断に至っている。〉とする右翼Mの解釈は誤りであるということになる。

DVDには言及せず

 控訴にあたり右翼Mは、どうしても千葉を「店主を装った」ことにし、「創価学会シンジケートと繋がっている」ことにしたかったのだろう。前回も述べたとおり、仮に千葉が「店主を装った」としても、そのことから千葉が「創価学会シンジケートと繋がっている」ということにはならないが、基本的に論理的整合性には特にこだわらないのが「行動する保守」一般の珍しい特性でもある。

 また万引き被害者襲撃事件をめぐって右翼Mは、千葉から「情けない右翼」ときわめて的確に指摘されたことを根に持っているようにみえる。プライドだけは高い右翼Mとしては、「情けない右翼」として広く知られることになった襲撃現場で千葉に一矢報いたいという思いが強いのかもしれない。いずれにしても、いまだに自らの過ちを認められないような器でしかないことこそ「情けない」ということなのである。

 では理屈はともかく、右翼Mは何を根拠に千葉が「店主を装った」といっているのか。右翼Mは控訴理由書で次のように主張している。



 被控訴人(筆者注=千葉)は、「店の人がダメだと言ったからダメだって言ったんだよ」と、言っている。この文言を平易に理解すれば、被控訴人が店主、若しくは店員であると公言しているのである。



 右翼Mはしきりにこう主張するが、私にはなぜこの発言によって千葉が「店主を装った」といえるのかよく理解できない。

 なおこの発言の事実関係について千葉は、右翼Mが提出した反訳しか裏付けがなかったため「動画の提出がないため検証できない」などと主張した。裁判所としても通常なら反訳の正確性を担保するDVDなどの提出を求めるところだろう。しかし東京高裁はDVDの件には触れさえしなかった。判決にはまったく影響しないから、反訳の正確性すら問題にしなかったものと思われた。

 右翼Mは前日の控訴審の結果を具体的にどう受け止めただろうか。私には、これまで裁判(敗訴)の経験を重ねてきた右翼Mにとって色よい判決を想像することは難しかったものと思われる。その焦慮のようなものが高じて、翌日の他人の裁判で、まったく筋違いの人間に意味不明の論争を吹っかけてしまうというめったに見られない醜態を演じさせたのではあるまいか。ただ「情けない右翼」の意味をいまだに理解していないように、右翼Mはたぶんこれを醜態とは思っていない。

平穏な開廷

 こんなちょっとした前哨戦を経て、ようやく傍聴人の入廷が許された。右翼Mはどうしたのか、わざわざ千葉が座る原告席側の最前列に座った。

 ほどなく裁判官が入廷し、西村・細川事件の西村に対する第4回口頭弁論が始まった。被告の西村はこの日の午前中、おそらくは右翼Mの代筆による第3準備書面を送ってきていた。

 裁判長は型通り、原告・被告双方から提出された書面を確認したが、特に西村が準備書面で主張した内容について踏み込むことはなかった。この日提出された準備書面にはまだ十分に目を通せていないということだろうか。あるいは新たに論点とすべきものは含まれていないという判断だった可能性もないとはいえなかった。

 新たな論点がないとすれば、これまでの経過からみて、裁判官は双方の主張等の確認と次回までの段取りを明確にした上で今日は終わるのではないか、またそろそろ結審を視野に入れた訴訟指揮もあるかもしれないと私は感じていた。少なくとも裁判官が書面を確認した時点では、原告・被告ともに特に意見を述べることもなく、取り立ててややこしい動きが起きる要素は見当たらなかった。

(つづく)
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