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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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右翼M事件 第11回
傍聴人の主張

 千葉が西村修平と元側近を提訴していた裁判の西村に対する第4回口頭弁論は当初、これまでの主張の確認等を行い、平穏に終わると思われた。ところが裁判官が、千葉が請求していた記事および写真の削除についてすでにそれが実行されているかどうかの確認を千葉に求めたとき、それまで静かだった法廷に異変が起きた。急に聞かれた千葉は、西村のホームページがどうなっているかすぐには思い出せず、明確に答えられなかった。そのとき、傍聴席の右翼Mが突然うなるような大声を上げたのである。

「12月に削除したじゃないか」

 右翼Mは開廷前の興奮状態が続いているのか、どこまでが自分の裁判で、どこからが他人の裁判なのか区別がつかなくなっているようだった。相手方は同じ千葉で、準備書面の代筆までしているとなると、自分も当事者のようなものだと考えたとしてもおかしくない。しかしだからといって、西村が提訴された裁判で右翼Mが当事者になれるわけでも代理人になれるわけでもない。右翼Mはたまに私的現実と公的現実の区別ができなくなるようである(たとえば右翼Mが西村と同じ立場で西村の準備書面を代筆することは右翼Mの私的現実だが、その準備書面はあくまで西村が書いたものとして提出しなければならないのは公的現実である)。

 法廷内で傍聴人の発言は許されない。温和な裁判官もさすがにこのときばかりは少し色をなし、強い口調で「(発言を)やめてください」と命じた。傍聴席から裁判官に向かって、野次ではなく当事者のように発言する者を見たのはこれが初めてである。このとき右翼Mは裁判長に制止されて発言を止めたが、退廷を命じられてもおかしくない状況だった。この間、当事者である西村は一言も発言しなかった。

 ちなみに千葉が請求している記事および写真の削除が実行されているかどうかあとで確認したところ、写真は削除されているが文言はまだ残っているようである。右翼Mは「削除した」と明言したが、写真を削除したことで要求に応じたものと勘違いしているのだろう。

戻ってきた裁判官

 右翼Mが発言を止めたことで法廷には平穏が戻り、最後に西村が「交通費と時間がかかるので移送の申し立てをしていたがどうなりましたか」などと間の抜けた質問をした。裁判官は「すでに却下したでしょ」ときわめて事務的に応じ、そのほかに意見等がないことを確認すると、次回口頭弁論を9月8日に開くことおよび準備書面は8月初めまでに提出することなどを双方に申し渡して閉廷した。裁判官は最後に「人証の申請があれば次回までに提出してください」と双方に伝えている。人証の話が出るのは結審が近いということで、人証が却下されれば結審となる可能性が高い。

 ところが裁判官が後ろを向き、専用のドアから退出しようとドアノブに手をかけようとしたそのときだった。右翼Mが裁判官の背中に向かってなにやら抗議の言葉を投げつけたのである。裁判官が閉廷を宣言した以上、もう裁判官には自分を黙らせる権限はないとでも考えたのか。右翼Mは裁判官に向かってうなり声を上げた。

「なぜそういう質問をするんだ」

 右翼Mは削除したかどうかを裁判官が確認したこと自体が気に入らなかったらしい。しかしそんな感情を表に出すような場所ではないし、また傍聴人である右翼Mにはそんな質問をする権利もない。裁判官はこれを無視して退廷してもよかった。しかしこの裁判官は立ち止まり、振り返って右翼Mを制止した。

「私がまだ法廷にいる間は、この法廷の管理権は私にあります。もうやめてください」

 千葉が西村と元側近を提訴していたこの裁判で、裁判所はとりわけ元側近の身の安全をどう確保するかに苦慮し、かなりの警備態勢をとってきた。その指揮をしたのは法廷管理者である裁判官である。それだけに右翼Mの傍若無人の振る舞いに対し、余計に毅然と対処しようとしたのだと思われた。

 それでも右翼Mは、削除の確認が、すでにわかっているのに意図的に行ったとしてさらに抗議し(趣旨)、しまいには裁判長に対して、

「そんなことをするのは北朝鮮と同じだ」

 とまで非難したのである。右翼Mの主張は、この裁判官が予断をもって判断しようとしており、最初から西村に不公平な進行をしようとしているとの趣旨のように私には聞こえた。どうみても裁判官はたんに確認しようとしただけだが、右翼Mはすべての裁判所が彼らに否定的であると感じているのかもしれない。それにしても、人権に最も配慮する裁判官に対して「北朝鮮と同じ」とまでいってしまったのではむしろ、右翼M自身の誇大性、非論理性を疑わせるだけではなかろうか。

 さいわいこの日、右翼Mは裁判長の壇上にまで行こうとはしなかった。学習の跡はみえるものの、裁判長の再三の退廷命令にもかかわらず抗議をやめなかったのは、やはりどうみても尋常ではなかった。他の傍聴人が職員に促されて退廷したあとも右翼Mは5分近く法廷内に居すわり続けた。

右翼Mの別の用事

 この日の右翼Mの異常さをどうみるべきか。やはり私には、右翼Mの気持ちは前日の裁判の延長線上にあったように思える。相手はいずれも千葉だし、西村裁判の準備書面も右翼Mが書いているとなればなおさらだろう。右翼Mはその内心を、異なる現実に合わせてうまくコントロールできなかったということのような気がした。

 そのうち右翼Mがようやく法廷から出てきた。右翼Mはまだ裁判所に別の用事があるのを忘れていなかった。どうしても行かなければならないというようなものでもないと思うが、右翼Mは飯塚裁判長のところに行くようだった。

 しかし右翼Mが追及すべきなのは第1に彼を東村山デマに引きずり込んだ「行動する保守」Aであり、東村山デマの発信元である東村山市議、矢野穂積と朝木直子なのではないのか。右翼Mはそれができないために飯塚裁判長に責任を転嫁しようとしているにすぎないような気がしてならない。やはりどこまでも「情けない右翼」である。

 私と千葉は西村や右翼Mが法廷前から消えたことを確認して、すみやかに裁判所をあとにした。われわれが余計な動きをすることは、結果として裁判所職員の手をわずらわせることになりかねないのである。

 したがって、右翼Mが飯塚裁判長と会えたかどうかは定かではない。はっきりしているのは、仮に右翼Mが飯塚裁判長に抗議できていたとしても、ひと月後(7月20日)に迫った控訴審判決には特になんらの影響も与えないだろうということである。

(「控訴審判決」後につづく)
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