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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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佐藤ブログ事件控訴審 第3回
常軌を逸した雑言の数々

 矢野、朝木による他の議員に対する誹謗中傷の例では、最近では佐藤に対する「公選法違反の疑惑」などとする執拗なネガティブキャンペーン、薄井政美に対する「エロキャスター」などの誹謗中傷(佐藤提出書証の③=本連載第2回)が記憶に新しいが、矢野は市議になる以前から朝木明代以外の東村山市議に対してさまざまな揶揄や暴言を繰り返している(佐藤提出書証の④=同)。これらについて東京地裁は次のように認定している。



 その批判に当たり使用された文言及び回数については、例えば「ピーマン議員」「アホキピーマン」「心身症」「失語症」「ハエ男」「足の長さが足りなくて」「常軌を超える偏執」「偏執症」のように、口汚く(一部は、差別的でさえある)、激烈であり、執拗であるとの批判が当てはまるものである。



 これらの文言には議員に対する批判を超えてなんらかの個人的な感情やこだわり、あるいは必要以上に市議たちを見下そうとする矢野特有の優越意識が働いているように思える。少なくともここに挙げられた文言はどうみても政治的批判とは無関係のように思える。

 また矢野と朝木は裁判で、佐藤と薄井に対する非難をめぐる裁判(薄井については一部)では違法性は認められなかったとして、これらについて批判されるいわれはないなどとも主張していた。この主張に対して東京地裁はこう述べた。



 意見ないし論評を表明する自由が民主主義社会において不可欠な表現の自由の根幹を構成するものであり、不法行為法上違法とはならないことと、不法行為法上は違法ではない意見を表明した者が公選の公務員としてふさわしいか否かを判断するために、そのような意見表明がどの程度の根拠を有してされたか、その際の表現方法が過激なものかについて論評することは、別問題である。



 簡単にいえば、その表現行為が不法行為に当たるかどうかということと、その表現内容がまともであるかどうかについて論評することは別問題で、その点について市民が論評することには問題がないということである。その上で東京地裁は佐藤、薄井に対する批判を含めた市議に対する誹謗中傷の点について次のように述べた。



 他者に対する批判につき正当な根拠を有する場合であったとしても、表現方法における口汚さ、過激さ及び執拗さは、公選の公務員としての適格性を判断するに当たって当然考慮されるべき事項であるが、原告らには、表現方法の点で、厳しい批判を受けてもやむを得ない点があったものである。



 東京地裁は佐藤や薄井、さらにはかつての他の議員たちに対する誹謗中傷の事実についても、矢野と朝木の「パーソナリティ障害等であることを疑わせるそれなりの言動」の重要な根拠とみなしたようである。きわめて正当な判断ではあるまいか。

過去にも「特異性」を認定

 ところで、矢野と朝木の特異性が認定されたのはこれが初めてではない。

 明代の自殺後、これを「他殺」と印象づけたかった矢野は「暴漢に襲われた」として見ず知らずの少年を暴行犯に仕立て上げたことがある(=少年冤罪事件)。少年はいったんは東村山署の取り調べを受けたものの即日、嫌疑なしとして釈放されている。ところが矢野は、今度はこの少年に対して民事で損害賠償請求訴訟を提起したのである。裁判は2年に及んだが、東京地裁八王子支部は矢野の請求を棄却する判決を言い渡し、矢野について次のように述べている。

〈仮にも公職にある者(筆者注=矢野)がこの曖昧な記憶に基づき、しかも司法警察職員による捜査……がなされながら刑事訴追の手続きが執られていない被告を名指しで犯人であると断定している点において極めて特異であると言わねばならない。〉(佐藤提出の書証⑤=同)

 この判決に対して矢野が、そもそも裁判官が「中立ではなかった」として非難したのが「東村山市民新聞第118号」(佐藤提出の書証②)の「……95年7月16日夜に、暴漢に襲われて前歯をおるなどの重傷を負った事件で……創価より裁判官はこの事実をわざと無視。」とする記事である。

 この判決の存在について今回の裁判で東京地裁は次のように述べている。



 公選の公務員の適格性を有するか否かを判断するに当たっては、不当な訴訟上の請求の存在は、それが多くの訴訟上の請求の全部ではない場合であっても、当然批判の対象となるものである。



 さらに矢野と朝木による議席譲渡を追及した「『草の根グループ』の議席の私物化を許さない会」(以下=「許さない会」)を矢野と朝木が提訴した裁判でもきわめて的確な判断がなされた。有名な「パラノイア裁判」(佐藤提出の書証⑤=同)である。

 平成9年12月、「許さない会」は議席譲渡事件を追及する『手を結ぶ市民のニュース』で矢野と朝木について次のように記載した。



(「手を結ぶ市民のニュース」の記載)

〈一人の異常とも思える人間(筆者注=矢野を指す)〉

〈矢野氏は物事を自分本位に解釈して、訴訟を計画し、これをもって時には脅し、執拗なまでに実行します。また自分の憶測を理屈づけ、朝木直子さんという媒体を巧みに利用し、多くの市民を味方に惹きつけようとしています。精神分析のリポートによりますと、パラノイア(偏執病・妄想病)の中でも好訴妄想者がこうした傾向を示す場合が多いと云います。〉



 東京地裁はこの文章について、矢野の行動が「パラノイアの中でも好訴妄想者」と同様の傾向を示すものであると論評するもので、矢野の社会的評価を低下させるものと認定したが、東京地裁は次のように判示し、矢野の請求を棄却した。



〈原告矢野は物事を自分本位に解釈する、また、自分の憶測を理屈づけるとの論評及び……一人の異常とも思える人間との論評の前提となる事実は相応の根拠があるということができる。〉

〈原告矢野は訴訟を計画し、これをもって時には脅し、執拗なまでに実行するとの論評の前提となる事実は相応の根拠がある。〉

〈パラノイアに関する論評は、上記各論評を前提にしたものであることからすると、表現自体はやや穏当さを欠くものであるが、当該論評の前提たる事実もまた相応の根拠があると認められる。〉



 矢野は控訴したものの、控訴審第1回口頭弁論当日、なぜか控訴を取り下げて一審判決が確定している。また「超党派で作る新聞」事件では「矢野は訴訟を脅しに利用」などとする記載について東京地裁は「記事の前提には根拠がある」と認定し、確定している。

 これらの判決もまた「パーソナリティ障害等」をうかがわせるコメントの前提として、相当性の根拠として提出され(佐藤提出書証の⑤)、東京地裁はこれらの判決もコメントの相当の根拠と認めた。

 こうして矢野と朝木の請求は棄却されたのである。

矢野と朝木をよく知る構成

 当然、矢野と朝木は控訴し10月3日、控訴審第1回口頭弁論が開かれた。裁判官席を見ると、これまで何度か見たことのある裁判官が並んでいた。薄井が矢野と朝木を提訴した事件を裁いた加藤新太郎裁判長、右陪審は八王子地裁時代に千葉が提訴した事件の裁判官で矢野と朝木の人となりをよく知る加藤見枝子裁判官である。この2人は偶然かどうか、私が浦安の行政書士を提訴していた裁判も担当していた。

 さて矢野と朝木は8月下旬に83ページに及ぶ控訴理由書と分厚い書証を提出しており、控訴審も予断を許さないと私はみていた。加藤裁判長は開口一番、とぼけたセリフを口にした。

裁判長  控訴人も被控訴人も、いずれも議員さんですね。

 念を押したということかもしれないが、2人が市議会議員であることを加藤裁判長が知らないはずがない。特に矢野と朝木には、薄井の裁判で100万円の支払いを命じたばかりである。

 加藤裁判長はこの裁判をどう見ているのか。しかし裁判長はこんな独り言をつぶやいただけだった。

裁判長  (2人とも議員だから)議会で議論すればいいと思うけど、そうもいかないのかな……。

 裁判長は「そうもいかない」理由も薄々承知のはずだが、あえて議論うんぬんを持ち出したのはあてつけだろうか。いずれにしても、これだけでは裁判長の心中を推し量ることは難しい。結局、裁判長は最後まで特に裁判の内容には触れないまま、判決期日を言い渡した。

裁判長  はい、それではこれで結審といたします。判決言い渡しは12月21日午後1時とします。

(「控訴審判決後」につづく)
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