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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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西村・細川事件 第9回
独善的な言い訳

 では陳述書で西村は、「訴えの取り下げを勧告」するよう要望する根拠として各項目においてそれぞれ具体的にどんな主張をしていたのか。裁判所の判断に直接関係すると思われる1~4についてみてみよう。



1 演説は不法行為ではなく、決着済みである事実(西村陳述書の見出し=以下、同)

(西村の主張)

 私は「万引きがでっち上げ」、とは言っておらず、……「万引きでっち上げ」説は広く流布されているものであり、「でっち上げたといわれている」、との配慮を持った私の言い回しが不法行為となりうるはずはありません。

 この提訴自体、私が行った平成20年9月1日の東村山駅前での演説に対する訴え(第一次千葉裁判)と全く同様の内容であり、言い掛かり以外の何物でもありません。



「万引きをでっち上げたといわれている」(筆者注=正確には「いわれる」である)と千葉に配慮した言い方であり、断定していないから不法行為ではないという主張だが、この文言を単独で判断するのではなく、この文言がどのような趣旨の演説の中で使用されたのか、またこの文言を聞いた者にどのようなニュアンスをもって受け止められるかが問題となろう。

 ちなみにこの演説は、私が西村を提訴していた裁判が行われたさいたま地裁川越支部前で行われたものである。この街宣には〈創価学会の「疑惑」に沈黙するな! 東村山女性市議・朝木明代さん謀殺事件の徹底究明〉との横断幕、さらには〈祝 千葉英司敗訴 「万引き」はでっち上げ! 「自殺」は謀殺だった!! 東村山の闇に光を〉とのプラカードが掲げられている。要するにこの街宣全体の趣旨は「朝木明代は万引きをでっち上げの汚名を着せられて、謀殺された」というものであることが明らかである。

 仮にこの演説が客観的資料に基づき、矢野と朝木が「真相究明」を求める遺族と元同僚としてはきわめて不可解な言動を繰り返している事実および彼らの主張がことごとく裁判所で否定されている事実を述べつつ、その主張の中では「千葉が万引きをでっち上げたといわれる」という取り上げ方なら、聴取者はそれが客観的事実とは認められていない一方当事者による宣伝の一部であると受け止めるだろう。

 しかし西村が行ったこの街宣の中で「(千葉が)万引きをでっち上げたといわれる」といわれれば、聴取者は「千葉という警察官は万引きをでっち上げたとんでもない警察官」と受け止めることは明らかだろう。したがって、たんに「いわれる」という間接表現を使ったというだけで名誉毀損性がないとはいえないのではあるまいか。

いわゆる独自の主張

 またここで西村は、今回の提訴は前回の提訴と内容的に同じだから「言い掛かりだ」と主張している。しかし、一度提訴されたものと同じ名誉毀損を繰り返しても許されるという判例があるとは聞いたことがない。提訴されて真実性・相当性を立証もできなかった内容を再び繰り返すことは、前回よりもむしろ悪質性が高いというべきではあるまいか。つまり西村が千葉に対する誹謗中傷を繰り返さなければ、再び訴えられることもなかったにすぎない。西村の主張は法秩序を無視する発想で、少なくとも場所と時期が異なれば、それはまったく別の事件であるというのが一般的な法解釈である。



2 削除済みである事実

(西村の主張)


 本件写真・画像は既に平成22年12月4日にインターネットから削除されており、原告の主張するところの「社会的評価を低下させる」要因が存在していたとしても既に消滅しています。



「要因」は消滅していても、過去に原告の「社会的評価を低下させた恐れがある」事実は消滅していないし、過去に行われた肖像権侵害の事実も消滅していない。したがって西村は、掲載から削除するまでの間になされた不法行為に対する責任を免れることはできないのではあるまいか。



3 和解が成立済みである事実

(西村の主張)


 本件写真・画像をインターネットに投稿した当事者であるところの被告細川勝一郎と原告の間で、既に和解が成立しており、写真・画像の投稿者でもない私だけが損害賠償の責を負う意味がありません。



 千葉はブログ開設者として西村には責任があると主張している。ブログの開設責任者がブログ掲載記事の責任を負うのは普通のことで、投稿には関与していないから責任はないとする主張こそ社会常識を逸脱していよう。



4 使用者責任が存在しない事実

(西村の主張)
を要約すれば、問題とされた記事の投稿はすべて細川の裁量によって行われたもので、西村が指示・命令をしたものではなく、また金銭の支払いを約束していた事実もない、したがって西村には使用者責任はなく、本件記事の掲載にも責任はないと西村は主張している。



 しかし、記事掲載に関する事実が仮に西村の主張するとおりだったとしても、ブログの開設者が西村である以上、ブログの記事に対して西村が責任を負うのは当然なのではあるまいか。「主権回復を目指す会」内に「西村にはブログに関する責任はない」とする特殊の規約でもあったのなら法律との関連も含めて検討する必要が生じる可能性もあろうが、西村の主張の中には特段そのような内規があったとする主張はない。

 したがってブログ掲載記事の責任に関しては常識的な判断で足りるのではあるまいか。(そんなことはあり得ないが)仮に元側近が責任を被ると主張したとしても、西村は「主権回復を目指す会」代表として元側近を制して自らが率先して責任を取るべきなのである。部下に責任を押しつけようとするこのような姿勢こそ、西村という人物の器のほどをうかがわせる。

 いずれにしても、西村が陳述書で尋問放棄の理由として述べた主張はいずれも独自の主張というべきだろう。

(つづく)
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