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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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西村・細川事件 第11回
 平成23年10月27日の第6回口頭弁論の際に予定されていた細川や西村に対する尋問は、西村が証人尋問を申請したにもかかわらず、どういう心境の変化か、申請を撤回したことで、この日は通常の口頭弁論となった。ただ、双方が準備書面を提出しているわけでもなく、また証人尋問申請までの段階で双方の主張は出尽くしていることを確認していた経過からしても、裁判長が裁判を終結させてもおかしくない状況だった。

 しかし裁判官は西村が証人申請を撤回して以後、双方から意見を聞いており、判決によらない終結の可能性もあるとみていたらしい。裁判官はあらためて双方に新たな主張がないことを確認すると、和解を勧告した。

 この日の傍聴は私以外に公安2名と西村の側近が2名で、右翼Mと女傑Mは法廷には姿を見せなかった。

検討の余地もない要求

 和解協議は閉廷後ただちに始まったが、金額はともかく、西村側からなんらかの金銭支払いがないかぎり和解の成立は考えにくいと思われた。西村は私だけでなく、別件裁判で確定している千葉への支払い義務を履行していない。その西村がすんなり支払いに応じるのだろうか。

 それに裁判の内容に関して西村はブログへの掲載責任はすべて細川に転嫁しているから、いったいどこで歩み寄る可能性があるのだろうか。私には和解条項を想像することは難しかった。

 1時間を過ぎたころ、千葉が裁判所から出てきた。結論からいえば、和解協議はあえなく決裂となった。西村はいったいどんな条件を持ち出したのか。千葉に聞くと、西村は非を認めていくばくかの和解金を支払うというどころか大要こう主張したという。


「千葉が洋品店に行くのはおかしい。千葉が洋品店から手を引けば、われわれも洋品店に対する攻撃をやめる」



 と。これはいったいどういう和解条件なのか。西村は千葉がこの要求を飲む可能性があると考えたのか。

 またこの主張がいったい裁判とどう関係するというのだろうか。まさか千葉が「もう洋品店には行かない」といったとして、そのことが「万引きを捏造」したとする西村の主張を認めたことにでもなるというのだろうか。

 そもそも「万引き捏造」などという事実はないし、千葉が洋品店に待機していたのは「行動する保守」の襲撃に備えたのであって「万引き捏造」の事実を暴かれることを恐れたわけではない。和解協議における西村の要求は、いまだ矢野と朝木の主張をデマと認識できないところに起因しているとみるほかなかった。

 洋品店から排除されたことに最もこだわりを持っているのは右翼Mである。この屈辱をそそぐために右翼Mは翌年、単独で訪問したまではよかった。しかし再び千葉に侵入を阻止されただけでなく、今度は「情けない右翼」と看破されてしまった。右翼Mは自分の行いを省みるどころかますます千葉を逆恨みし、東京地裁の控室で支持者とともに千葉を詰問したこともある。

 この裁判ですべての書面を右翼Mが代書していたことを考えると、「洋品店に関わるな」というわけのわからない要求は右翼Mのいびつな自尊心を代弁したものであるようにもみえる。西村も右翼Mも、しょせんは自分の都合でしかものを見ることができず、非を認めることができない点においては共通していよう。

 裁判官は西村から和解の可能性もあるという心証を得ていたのかもしれない。しかし「洋品店に関わらないこと」が条件とあっては、裁判官が千葉を納得させることができないと判断したとしても無理はなかった。

 千葉は西村の提示した和解条件を拒否し、裁判所も特に千葉に和解に応じるよう説得もしなかった。こうして和解協議は再考の余地ない状況で決裂し、裁判官は1か月後の11月24日にもう1度口頭弁論を開いて終結することとし、双方に対して主張等があれば提出するようにと述べた。

側近の理解

 こうして11月24日、西村に対する第7回口頭弁論が開かれた。定刻は午前11時である。傍聴席には私のほかに公安が2名、西村の到着を待った。ところが、定刻を10分過ぎても、西村も側近も姿を見せなかった。裁判長はやむなくいったん閉廷し、30分だけ待機することとした。

 その後裁判所は西村に連絡を取ったようである。すると西村は午後2時からと勘違いしていたという。裁判長は午後1時に弁論を再開することとした。

 午後1時前、西村は側近2名とともに法廷にやってきた。右翼Mと女傑Mはこの日も姿をみせなかった。

 さて千葉はこの日、準備書面を提出し、和解協議の席で西村が提示した和解条件について次のように述べた。



 被告は和解条件の筆頭に、原告が今後、洋品店の問題に関わらないことを確約せよと要求した。洋品店主は、平成7年、本件万引き事件を警察に届け出たことに対し矢野から執拗な嫌がらせを受け続け、平成20年からは、矢野の意向を受けた被告ら右翼に嫌がらせを受けた。以降、洋品店主は、被告ら右翼が東村山市内に現れるとの情報が入るたびに怯え、営業中の洋品店を突然に臨時休業するという事態となっている。

 この異常な事態を原告は見逃すことはできず、今後も、東村山市内での右翼らの行動に関する情報があれば、原告は有志の人々とともに、洋品店の問題に関わるべきであると考えている。



 平成20年9月1日、西村や桜井誠らが洋品店に押しかけ、ハンドマイクで店主に対する誹謗、恫喝を繰り返した。その光景を撮影していたのが細川だった。千葉が準備書面で述べた内容を彼らはどう受け止めるのか。少なくとも今の細川なら、千葉が洋品店を守ろうとする心情を正当に理解するのではあるまいか。

 裁判官が提出書面を確認して終結を告げると、西村は手を挙げて立ち上がり、裁判官に遅刻したことを詫びた。裁判官は「それは千葉さんにいってください」と答えた。判決言い渡しは平成24年1月26日午前10時30分である。

(「判決後」につづく)
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