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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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右翼M事件最高裁判決(その2)
低レベルの伝聞

「行動する保守」Aから「内部告発は調査中」(趣旨)という返事をもらった右翼Mが、そのときかすかな希望を抱いたのか、適当にあしらわれたと感じたかは定かではない。

 しかし「行動する保守」Aは千葉との裁判で、「内部告発」が実は事実を体験した者から直接聞いたのではなく、〈「そのような話を聞いた」と聞いた〉という伝聞の伝聞にすぎないことを自ら認めた。右翼Mに対して「調査を継続中」と説明してから半年後、平成23年4月のことだった。平成20年7月に八王子駅前で公表した「内部告発」があったとして演説した内容は嘘だったということである。「行動する保守」Aは陳述書を提出した直後、千葉に10万円を支払って和解する道を選んだ。

「内部告発」を相当性の根拠とした右翼Mの主張に対して東京高裁はこう述べた。



(「内部告発」に対する東京高裁の判断)

 その内容は、内部告発をした上記現職警察官から(「行動する保守」A)が聞いたとするものであって、あくまで伝聞にとどまり、しかも、その現職警察官の氏名すら明らかにされておらず、その伝聞内容が真実であることを裏付ける根拠も全く示されていないのであるから、控訴人(筆者注=右翼M)が(「行動する保守」A)の演説を聴いたからといって、これをもって、控訴人が、朝木市議の転落死が殺人事件であり、同市議の万引き事件は捏造であったと信じるについて、相当の理由があったということはできない。



 こうして東京高裁は右翼Mの控訴を棄却したのである。新たな証拠を提出するたびに自分の首を締めてしまう珍しい裁判だった。「行動する保守」らはどうもそのことに気づいていなかった。

 右翼Mは東村山街宣裁判でも浦安の行政書士とともに110万円の損害賠償を命じられている。後日、「矢野に利用されたとは思わないか」と聞くと、右翼Mは「自分自身の判断だ」と答えた。さすがに「行動する保守」Aの「内部告発」を信じたことを後悔していると思うが、いまだ矢野の主張を事実と考えているのだろうか。残念ながら、右翼Mの口から「自分自身の判断」が誤りだったことを認める発言は聞かれない。右翼Mが事実よりも自分自身のプライドを優先しようとしているのなら、右翼として恥ずかしいことではあるまいか。

「目撃情報」の出所

 なお「犯人目撃説」については、平成7年9月に「静岡在住」という男から次の情報提供が東村山署にあった。男はこういった。
「私は4名の創価学会員が、朝木市議をマンションに連れ込むのを目撃した」

 男から2度目の電話がかかった際、今度は千葉が「その際に110番しなかった理由は何か、創価学会員であると断定した根拠は何か」と聞いた。すると男は、「バカヤロー、お前も創価学会から金をもらっているのか」といって一方的に電話を切ったという事実がある。

 また矢野も平成8年4月18日発行の『週刊宝石』で、

「『朝木氏が4人の人にビルへ連れ込まれるのを見た』……など、こちらには新たな話が集まっています」

 とコメントしている。「静岡在住」の男の話と出所は同一とみられる。ただ双方の話だけでは、この「目撃談」の出所が「静岡在住」の男なのか矢野なのかは判断できない。

 いずれにしても『週刊宝石』にコメントして以後、矢野が「明代をビルに連れ込んだ4人の犯人」について追及した形跡がうかがえないのは不可解である。理由は定かでないが、この情報には信憑性がないと判断したのだろう。

 矢野は「行動する保守」Aのいう「内部告発」を「新情報」などと持ち上げたが、15年にわたって「真相究明活動」に従事してきたはずの矢野も朝木も、「内部告発」の真相を追及しようとはしなかった。もともと矢野が放棄したネタであることを知っていたのだろうか。

笑ってごまかされる程度の存在

 平成20年9月に東村山デマ宣伝に参入して以後、現実的な責任を取らされているのは右翼らである。明代の万引きを苦にした自殺に関して、今も「行動する保守」は矢野の宣伝内容を信じているのだろうか。平成23年12月、東村山議会で矢野に会ったので私はこう聞いた。

――今日は右翼は来ないんですか?

 すると矢野は、「ハーッ、ハッ、ハー」と芝居がかった大声を上げて笑ったものである。その隣では朝木がニヤニヤしながらこちらを見ていた。これが私の質問に対する矢野と朝木の答えだった。

 東村山駅前街宣(平成20年9月1日)後の平成21年3月議会には「行動する保守」Aや行政書士など多くの右翼が傍聴にやってきた。当時、矢野・朝木と右翼らの間にはまだ一応の信頼関係があった。

 しかし、西村修平が千葉から提訴された裁判では、矢野と朝木が全面支援したにもかかわらず、東京地裁は「明代には自殺の動機がなかったとはいえない」とまで判示し、西村は無残に敗訴した。さらにその後の東村山街宣裁判では右翼Mらに110万円の損害賠償が命じられるに至り、さすがの「行動する保守」一行も矢野の主張が法廷では通用しないことを感じ始めたかもしれない。

 もともと矢野と朝木は「行動する保守」一行と手を組むことを避けていたフシがある。少なくとも当初は積極的ではなく、「八王子街宣に参加するのか」という私の質問に矢野は困惑ぶりを隠せなかった。右翼らのシンポジウムに参加したのも、「行動する保守」Aの申し入れを断りきれなかっただけなのではないかと私はみている。

「行動する保守」一行にすれば、矢野と朝木の協力がないということでは街宣の迫力をやや欠く。動員にも影響が出よう。一方の矢野と朝木にしてみれば、相手が右翼というだけでなく、これまでの裁判の経過を知らない者と手を組むことにはマイナス面もあるというのが当初の判断だったのではあるまいか。

 右翼が相次いで損害賠償を命じられるようになると、右翼に対する距離感も変わっていったようにみえる。相次いで提訴された「行動する保守」の中で、矢野が直接的に支援したのは西村修平だけで、西村の敗訴後、矢野が右翼を支援した形跡は表面上はみられない。それが矢野の本音だったろう。

 矢野が見せた異常な高笑いは、右翼との微妙な関係と、右翼と結託していると見られることに対する嫌悪感を率直に表しているように思えた。要するに矢野と朝木の「行動する保守」に対する認識は最初からその程度だったのではあるまいか。

 なお余談だが、右翼Mの敗訴が確定したちょうどその日、「行動する保守」Aから私に対して10万円余の振込があった。これにより、私が写真の掲載をめぐり「行動する保守」Aを提訴していた事件は終結した。

(了)
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