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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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朝木明代転落死・鍵隠蔽事件 第7回
『週刊文春』もバッグを記述

 乙骨が『怪死』を執筆した当時、まだ矢野から吹き込まれていた「事務所からの拉致説」が念頭にあったかもしれない。この前提に立てば、8時30分に事務所方面に向かっていた明代はそのまま事務所に行き、その後、矢野が事務所に戻ってくる9時10分までの間に明代は何者かの電話によって鍵だけを持った状態で誘い出され、拉致されたという流れになる。だから、乙骨にとって8時30分の段階で明代が「カバン」を持っていたことは自明であり、もちろんそれで特段の不自然さも感じなかったのである。

『週刊文春』〈反創価学会女性市議の「怪死」〉(平成7年9月14日付)にも同様の記述がある。



(バッグに関する『週刊文春』の記述)

 矢野市議が事務所を出た5分ほど後の午後7時過ぎ、朝木さんは事務所から自宅方向に向かうところを知人に目撃されている。この時、朝木さんは愛用の青いバッグを手にしていた。

 午後8時半、今度は自宅から事務所方向に帰ってきた朝木さんを近所の商店主が目撃。これらのことから、朝木さんが、一度自宅に帰り、再び事務所に戻ったことは間違いない。事務所から持って出たバッグ、家から取ってきた資料が後に、事務所で発見されているからである。

 朝木さんが事務所に戻ったと思われるのは、午後8時30分過ぎ。



『週刊文春』が明代の自殺前の足取りを確認するにあたって、事務所にあった明代のバッグも重要な要素とみなしていたことがうかがえる。当時、8時30分の目撃者が最後と思われており、「矢野が9時10分に帰ってくる前に明代は事務所に立ち寄っていた」と考えることには一応の合理性があった。

『週刊文春』もまた7時過ぎに目撃された明代が持っていたバッグは8時30分の時点でも持っていたことは自明と考えているようである。このこと自体はなんら不自然ではない。

「最後の目撃証言」の重要さ

 しかしそれから先の、8時30分に目撃された明代がそのまま事務所に行き、矢野が事務所に帰る前にバッグだけを残して姿を消したという針の穴を通すような非現実的なストーリーは、矢野自身によっていとも簡単に否定されている。「事務所からの拉致」という荒唐無稽な作り話を別にしても、そもそも8時30分ごろに事務所方面に向かうのが目撃された明代がその直後、事務所に立ち寄った証拠はないのだった。

 むしろその後、8時30分に目撃された明代がその直後には事務所に立ち寄っていない可能性を示す目撃証言があった。「最後の目撃者」である。最後の目撃者は9時10分ごろ、今度は8時30分の場所から事務所を通り過ぎた位置にある東村山駅方面から事務所(自宅方面でもある)方面に向かっているのを目撃している。

 この目撃証言からは、明代は事務所前を素通りしてどこか別の場所へ行っていた形跡がうかがえる。もちろん8時30分の時点で明代はバッグを持っていたのだから、事務所を素通りしたとすれば、9時10分に目撃された際にもやはり明代はバッグを持っていたことになる。

バッグを置いた本当の時間

 では、そのバッグを明代はいつ事務所に持って行ったのだろうか。目撃情報に基く明代の歩いた地点および事件の関係箇所の位置関係は下記のとおりである。

自宅――事務所――自殺現場――東村山駅東口――万引き現場

 8時30分に目撃された明代は事務所を過ぎ、少なくとも東村山駅周辺よりも遠く(関係個所では万引き現場)へ行ったあと、事務所には立ち寄らずに自宅にまっすぐ帰った可能性が高い。事務所に立ち寄れば、自治会長会議から戻った矢野と出会ったはずだが、矢野は明代とは会っていない。

 するとやはり、明代はそのまま事務所を通り過ぎて自宅に帰り、9時19分に矢野に電話をかけたということではあるまいか。電話をかけた時間からも、9時10分ごろに東村山駅方面から歩いてきた明代はそのまま自宅に帰ったとみる方が合理的である。

「事務所からの拉致説」があり得ず、明代がバッグを持って自宅に帰ったとすれば、その場合、明代の転落死後、事務所にあったバッグは何を物語るのか。

 事務所に帰ってきた矢野に対して明代は「しばらく休んで(から事務所に)行きます」と伝えている。これが平成7年9月1日午後9時19分。明代が駅前のビルから転落したのは午後10時ころ。明代の自宅からビルに向かう経路には矢野がいた「草の根」事務所がある。

 矢野や朝木の説明では、9時19分の電話のあとに矢野は明代と会っていないことになっている。しかし、矢野に電話をかけたあと、明代が「草の根」事務所に行かなかったことはなんら証明されていない。明代がビルに行く前に事務所に立ち寄ったとすれば、バッグはそのときに置いた可能性もあるということである。その可能性を否定する客観的証拠はない。

 むしろ、バッグの中だけでなく財布の中身まで覗くという通常ではあり得ない矢野の行為(本連載第5回参照)からは、9時19分の電話のあとに明代が事務所に行ったとみても不合理とはいえないのではあるまいか。矢野は『週刊文春』〈反創価学会女性市議の「怪死」〉で9時10分に帰った際に明代のバッグが置いてあったとして次のように述べている。

「バッグもあって、後で確かめたら中には財布も入っていた。だから、スグ帰ってくるだろうと思っていました」

 記事は、〈そこへ、市議会議員のひとりから事務所に電話が入った。……市議会の日程などについて話をしていると、……そこにキャッチホンが入った。朝木さんからだった。〉と続く。

 つまり矢野は事務所に帰ってからほぼすぐに明代のバッグの中身を調べたことになる。通常、他人のバッグの中身を覗くなどという行為はなんらかの異常事態が起きた場合に限られよう。しかし少なくとも矢野が事務所に帰った時点で矢野は明代の身に異常事態が起きたとは考えていない。するとやはり、矢野が明代のバッグの中を覗いたのは矢野が事務所に帰った直後ではないのではないか。

 午後7時から9時10分にかけての目撃証言と、明代のバッグの中を覗くという矢野の行為の異常性を総合すると、明代は9時19分の電話のあとで事務所に行き、バッグはそのときに置いたと考えるのが最も合理性があるのではあるまいか。

 その前提に立てば、以下のような推理も成立し得よう。――明代は事務所で矢野と会い、その後事務所を飛び出して自殺現場へと向かった。矢野がバッグだけでなく財布の中身まで覗いたのは、明代が事務所を飛び出したあとである――と。矢野の異常な行為から、事務所で何かがあったと考えるのも不合理とはいえまい。

(つづく)
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