ブログマガジン エアフォース
ブログで興味深い記事を公開していきます。
著書紹介

民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

最近の記事

カテゴリ

プロフィール

Author:プールマン

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

QRコード

QR

FC2カウンター

佐藤ブログ事件控訴審 第5回
控訴審も一審を追認

 矢野は控訴審で80ページを超える準備書面を提出していた。その主張はおおむね以下のとおりである。



①佐藤はプロバイダ責任制限法がいう特定電気通信役務提供者に該当せず、一審の判断は誤りである。

②このため一審判決は〈草の根の人たちは、病気なんです。〉などとのコメントについて真実性・相当性があるか否かの判断をしていない。



 ――などである。

 これに対して東京高裁は次のように述べて矢野らの主張をいずれも否定した。



(東京高裁の判断)

〈佐藤は特定電気通信役務提供者に当たり〉

〈本件各書き込みには、控訴人ら(筆者注=矢野と朝木)について「共依存」、「境界性人格障害」、「攻撃性人格障害」、「パワーゲーム」、「病気」及び「サイコパス」という指摘があるが、原判決30頁26行目ないし35頁8行目の事実に照らせば、①上記各指摘が真実でなく、又は投稿者がこれを真実であると信じるについて相当の理由がないことを被控訴人が知っていた事実、②被控訴人がこれを知ることができたと認めるに足りる相当の理由がある事実を認めることはできない。〉



 ここで東京高裁が、「矢野らに対する『病気』などとするコメントが事実に反することを被控訴人が知っていたとは認められない」と判断した根拠として採用したのが、一審判決が〈かえって、後記イ~オに説示するとおり、原告らにはパーソナリティ障害等であることを疑わせるそれなりの言動及び行動があったものである〉として示した各事実=〈原判決30頁26行目ないし35頁8行目の事実〉だった。東京高裁もまた、過去の矢野と朝木の言動によって、「パーソナリティ障害等であることを疑わせる言動」があったと判断したものと理解できよう。

 矢野と朝木は一審判決が真実性・相当性の判断をしていないと主張したが、そもそもプロバイダ責任制限法において特定電気通信役務提供者はコメント内容の真実性・相当性までを検証する必要はなく、①コメント内容が真実でなく、または相当性がないことを運営者が知っていたか、②知ることができたと認められる以外は違法性は問われない。

〈パーソナリティ障害等であることを疑わせるそれなりの言動及び行動〉

 ブログ運営者である佐藤の免責を認定した裁判所が一、二審とも、たんにコメントに真実性・相当性がないことを知り得なかったとしたのではなく、むしろ矢野らに「パーソナリティ障害等であることを疑わせる言動」あったと積極的に認定したことは特筆に値しよう。

 裁判所が〈原告らにはパーソナリティ障害等であることを疑わせるそれなりの言動及び行動があった〉と認定させた事例について改めて確認しておこう。



①万引き被害者に対する誹謗中傷

『東村山市民新聞』(矢野と朝木が発行する政治宣伝紙)の記載


〈飛んで火に入る虫?〉

〈『真犯人の指紋のついたTシャツのビニールカバーを保管もしないで、なぜ物的証拠もなしに朝木議員をTシャツ万引きの犯人扱いしたの』と指摘した本紙を女洋品店主が提訴。本人尋問でき、逆に手間省け。〉



 朝木明代(朝木直子の母親)の万引き事件をめぐり、矢野は万引き被害者に対して万引きを捏造したとする宣伝を繰り返した。これに対して被害者は矢野を提訴した。その直後に掲載したのがこの記事である。ここでも被害者が加害者であるような宣伝をしていることがわかろう。

 明代の万引き事件で矢野は明代とアリバイ工作を共謀し、万引き被害者に対する嫌がらせを繰り返した。すなわち矢野は、明代の万引きが事実であることを認識していたはずである。それでもなお被害者に対してここまで誹謗中傷を繰り返すとは、やはり「原告らがパーソナリティ障害等であることを疑わせる言動」と判断されてもやむを得まい。



②少年冤罪事件

『東村山市民新聞』の記載


〈95年7月16日夜に、暴漢に襲われて前歯をおるなどの重傷を負った事件で……創価より裁判官はこの事実をわざと無視。〉



 平成7年7月、矢野は暴行を受けたとして1人の少年(当時は未成年)を警察に突き出した。しかし少年は矢野とはまったくの見ず知らずで、暴行についても身に覚えがないことが判明した。ところが矢野は、今度は少年を民事で提訴したのである。

 しかし裁判で矢野は、当然ながら少年が犯人であるとする確たる証拠を提出することはできず、裁判所は矢野の主張には信憑性がないと判断し、次のように述べた。

〈原告(矢野)が被告を本件暴行の犯人である旨断じた根拠は専ら原告の記憶にあるというのであるが、記憶の曖昧さは経験則上明らかであるから、仮にも公職にある者がこの曖昧な記憶に基づき、しかも司法警察職員による捜査がなされながら刑事訴追の手続きが執られていない被告を名指しで犯人であると断定している点において極めて特異であると言わねばならない。〉

 きわめて正当な判決だと思うが、矢野は、「創価より裁判官」と今度は裁判官に公平ではないというレッテルを貼ることで自らを正当化しようとしたのである。そもそもありもしない事実をでっち上げただけでも尋常ではないが、今度は裁判官まで誹謗するとはやはり「パーソナリティ障害等であることを疑わせる言動」と判断されてもやむを得まい。

(つづく)
関連記事

TOP