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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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朝木明代転落死・鍵隠蔽事件 第9回
1人で自宅に急いだ朝木

 明代が転落死を遂げた平成7年9月2日早朝「鍵がない、靴がない」と騒いだ矢野と朝木は、少なくとも彼らには明代が自殺するなど考えられず、また明代にそんな言動や兆候も感じてはいなかったとも説明していた。ところがその説明に反して矢野は、明代のバッグの中を覗くといった通常では考えられない行為、言い換えれば矢野は明代の異状について何かを知っていたことをうかがわせる行動をとっている。

 矢野だけでなく朝木にも、少なくとも「母親は万引きによる書類送検によって精神的にかなり追い詰められている」と認識していたフシがある。

『怪死』によれば矢野は、午後10時少し前(『怪死』の記載。『東村山の闇』における矢野の記載では「10時すぎ」となっている)に朝木直子からかかってきた「母はいますか」という電話に「気分が悪いので休んで行くといっていたから、家にいるんじゃないの」と答えた(『東村山の闇』における朝木の記載も同内容)。ちょうど東村山駅前の住民が「ドスン」という大きな物音を聞いた時間帯である。

 朝木は父親、弟らとともに車で松戸から東村山に向かっている途中で、食事をしてから帰ろうと所沢のレストランに入ったところだった。矢野の回答の限りにおいて、明代の身に不測の事態が起きているとは考えにくかろう。しかし、朝木は続けて自宅に電話をかけ、明代が自宅にもいないことを知るや、父親と弟などをレストランに残し1人で自宅に向かった。

 それから先の朝木の行動は、明代がもはや平常な状態にはないことすなわち自殺の可能性を想定したもののように思える。事実はどうだったのか。『聖教新聞』事件で東京都代理人は平成11年11月15日、朝木に対する尋問をまずこの点から始めている。



東京都代理人  それで(事務所にも自宅にも)いないということで、あなたは所沢から、お父さんの大統さんと巌さんを置いて、1人で自分の自宅のほうに来るわけですね。

朝木  そうです。

代理人  どうして、そんなに急いでいたんですか。

朝木  今思えば、虫の知らせだったのかなという気もいたしますけれども、私の母は非常に健康ですし……まだ仕事をしている時間ですから、9時、10時というのはいつも。その時間に自宅で休むというのは私はよっぽど具合が悪いと思ったんです。……もしかしたら起きられないような状況になっているんじゃないかと思って、それで私は飛んで帰ったんです。

代理人  では、別に拉致されたとか、そういうことじゃなくて、体調が悪いと。

朝木  ……家に電話をしてもいませんから、当然いろんな嫌がらせがありましたから、万が一変な事件に巻き込まれているかもしれないという思いも、もちろんありましたし。

代理人  どっちなんですか。

朝木  いや、それは両方ですよ。……



 朝木は「午後の9時、10時というのはいつも仕事をしている時間だから、母が家で休むというのはよほど具合が悪いと思った」という。平成11年当時の供述では、母親の予定についての認識は曖昧だったようにみえる。ただ、何かあったのではないかという「虫の知らせ」があったと。

 しかしそれから4年後に出版した『東村山の闇』では、朝木の母親の予定についての認識は平成11年当時と異なる。朝木は『東村山の闇』ではこう記載している。



 その日の朝、私は松戸のアパートから母に電話した。……母は明日のシンポジウムのレジュメをつくらなければならないので、夜は事務所で仕事をしなければならないと言い、3人で食事をしてくるほうが助かると笑っていた。



 事実に対する記憶を述べるにあたり、事実から近い時点よりも遠い時点の記憶の方が鮮明に語られるとは、「真相究明活動」を続けてきた本人にしてはやや不可解である。

「市内の細かいことは知らない」

 朝木が「母親は万引きによる書類送検によって精神的にかなり追い詰められている」と認識していたのではないかと疑われる供述はほかにもまだある。尋問に戻ろう。



代理人  ……矢野さん自身は、そんなにキャッチホンの声を聞いても、それほど鑑定にあるように生命の危機に瀕したというようなことは感じなかったというふうにおっしゃっていますよね。

朝木  はい。

代理人  それなのに、あなたが戻ってきたのは、やはり虫の知らせということですか。

朝木  ですから、丈夫な母が、非常に気丈な母が、仕事中に気分が悪くて家で休むほどの状態というのは、よっぽど具合が悪いと、私はまず思って、家に電話をしました。そしたら、家に電話をしても出ないから、起きられないほど具合が悪いのか、あるいは、やっぱりその前に、家の門柱に放火までされておりますから、いろんな不穏な嫌がらせを受けておりましたので、それはそういう不安と一緒になって、とにかく家に帰らなくてはと思うのは、自然の感情ではないですか。

代理人  この日の前日に、先ほどもちょっと話を出しましたけれども、明代さんが市長の車にはねられそうになったというようなことを、あなたはご存じですか。

朝木  いえ、そういう話は聞いておりませんし、私は当時、松戸のほうに住んでおりましたので、その市内の細かいことについては、ちょっと私に聞かれてもわかりません。



 朝木宅の「門柱に放火された」と「いろんな不穏な嫌がらせ」などは市内のきわめて細かいことであると思うが、それについてはよく知っていたらしい。ところが、明代が市長の車にはねられそうになったことについては「市内の細かいこと」だから知らないという。これほどはっきり前言と矛盾する発言も珍しかろう。

 明代が車にはねられそうになった事実は、万引きで追い詰められた明代が異常な精神状態になっていたことをうかがわせる重要な事実である。明代にとって都合の悪い話だから、娘にも隠していたのだろうか。

(つづく)
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