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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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西村・細川事件 第14回
駐車場にも警備員を配置

 西村自身を含め「行動する保守」一行が相次いで敗訴、脱落していく中で注目されたのは、西村に対して反旗を翻した相被告の元側近との関係や代理人を含め、本件裁判で西村がどういう姿勢で臨むのかという点だった。

 元側近との関係については利害が共通する関係にあるから一時的にヨリを戻すこともあり得るとも思われたが、第1回口頭弁論前の段階で元側近が分離裁判を申し立てたことでその可能性はなくなったと判断できた。裁判所も「行動する保守」一行の特異性を考慮し、裁判を通じてとりわけ元側近と千葉の安全確保について万全の態勢を敷いた。

 たとえば裁判所は西村と元側近の口頭弁論期日を別々にした。また西村の弁論の際には法廷前だけでなく駐車場周辺にも職員を配置するという厳重な警備態勢を取った。裁判所の配慮の結果、裁判で元側近は西村と1度も顔を合わせることはなかった。

 なお元側近との分離裁判は西村の裁判が結審する以前に和解が成立している。西村も一応は和解協議の席に着いたが、千葉に対して「洋品店(万引き被害者)にはもう行かないこと」などというわけのわからない条件を提示した結果、決裂したという経緯がある。元側近との間で和解が成立したということは、少なくとも西村のようにまともな話し合いにもならないような対応はしなかったということと理解できる。

右翼Mのこだわり

 元側近との関係はともかく、自分自身を含め「行動する保守」が相次いで損害賠償を命じられる中、西村は具体的にどう応訴しようとしたのか。平成22年10月21日に千葉が訴状を提出した1週間後(同年10月28日)には、東村山駅前街宣をめぐって提訴されていた裁判の控訴が棄却された。

 第1回口頭弁論前日の同年12月9日、西村は答弁書を提出したが、答弁書には代理人の名前はなかった。西村は今後、自分で準備書面を作るのかと思われた。しかし、第2回口頭弁論でその推測が誤りだったことが判明する。準備書面を作成したのは西村本人でも弁護士でもなく、洋品店襲撃事件の主役の1人でもある右翼Mだったのである。

 右翼Mも千葉に対してはひとかたならぬこだわりがある。平成20年9月1日、万引き被害者の店に押し入ろうとした右翼Mは、「行動する保守」一行が嫌がらせに押しかけることを警戒して店内で待機していた千葉によって侵入を阻止された。右翼Mはどうもそのことを屈辱と感じ、根に持っていたらしい。

「情けない右翼」

 翌平成21年9月1日、右翼Mは東村山駅前で街宣を行った後、今度は1人で再び万引き被害者の店にやってきた(街宣には「行動する保守」Aも来ていたが、洋品店には近づかなかった=本ブログ「第2回朝木明代追悼街宣」参照)。この日も千葉は、「行動する保守」らによる襲撃に備えて店内で待機していた。千葉が目的を聞くと右翼Mは「買物に来た」とどうみても不似合いなことをいう。

 右翼Mは前年、万引き被害者に対して「万引き捏造は許さないぞ」などと誹謗中傷を繰り返した者たちの仲間である。そのとき「店に買物に来て何が悪い」と開き直った者もいた。しかし通常、買物に行くのにヘルメットをかぶり、手にはプラカードを持ち、ハンドマイクで怒鳴る例はあまりない。嫌がらせか襲撃と判断されよう。

 その際に110番され、排除された1人である右翼Mが再び店に現れれば、常識ではそれだけでお礼参りと判断されてもやむを得ない。客とはみなされないということである。だから「買物に来ただけだ」という右翼Mに対して千葉はいった。

「情けない右翼だな」

 右翼Mが仮に万引き被害者に対して本当に明代が万引きをしたのかどうかを確かめるために来たのなら、そういうべきだろう。しかし、「万引きをでっち上げた」と騒ぎ始めてから1年間、被害者に直接確認していなかったこと自体不可解というほかない。

 当事者に確認もしないまま「でっち上げ」と騒ぎ、店に来たかと思えば「買い物」というのでは「情けない右翼」といわれても仕方があるまい。それ以上に千葉は、右翼Mが情報の出所である東村山市議の矢野穂積を追及せず、弱者である店主に対してのみ言い掛かりをつけようとしていることを直感し、とっさに「情けない右翼」という言葉が出たのだろう。しかし千葉のこの一言は、右翼Mのつまらないプライドをさらに傷つけただけだったようである。

 右翼Mが創価学会から提訴されていた裁判の際には、右翼Mは傍聴に訪れた千葉をその場に居合わせた「行動する保守」数人とともに千葉を取り囲み、「情けない右翼とはどういうことか」と問い詰めた。その他の者も千葉に対して口々に非難の言葉を浴びせた。これが右翼Mの器量なのだった。こうした千葉との経緯と本件における準備書面の代筆は少なからず関係しているのではないかと私はみている。

 ところで、裁判所内で右翼Mが千葉をつるし上げる異常な光景を「行動する保守」Aもすぐそばで見ていたが、右翼Mとは無関係であるかのように傍観していた。関わりにならない方が賢明と判断したものとみられる。

 右翼Mによれば、右翼Mに東村山デマを信じ込ませたのは「内部告発があった」などと演説した「行動する保守」Aである。右翼Mの本心はともかく、本件の第1回口頭弁論の時点で横断幕(〈東村山女性市議・朝木明代さん謀殺事件の徹底究明〉)になお「行動する保守」Aの名前があるということは当然、その時点では一応まだ共闘の意思があったと理解すべきだろう。ただ「行動する保守」Aは横断幕から名前を外さなかっただけで、傍聴には1度も来なかった。そのことについて右翼Mや西村に何か思うところがあったかどうかは定かでない。

(つづく)
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