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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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朝木明代転落死・鍵隠蔽事件 第11回
色をなした朝木

 東村山署は朝木に対して再三事情聴取を要請したが、朝木はついに事情聴取に応じなかった。当時まだ学生だった弟が応じているというのに、朝木が応じないのはどういうわけだろうか。朝木は平成7年9月1日午後に、自宅にいた明代と電話で会話を交わすなど母親の近況を知っていたはずである。その朝木が警察に近寄ろうとしないとは不可解というほかない。

 朝木の警察に対する態度は9月1日午後10時ごろに1人で自宅に帰り、母親が自宅にもいないことを知った直後からややおかしかった。朝木は午後10時30分、自宅から再び矢野に電話し、「母は自宅にもいないから、母親に関して情報が入っていないか東村山署に聞いてほしい」と依頼したという。自分の母親のことを問い合わせるのに朝木はなぜ矢野に頼んだのだろうか。

『聖教新聞』事件で東京都代理人はこの点についても聞いている。朝木の供述をみよう。



東京都代理人  どうして、あなたが直接警察に電話しなかったんですか。

朝木  それはやっぱり、警察との間にいろんないきさつがありましたから、とりあえず、私は捜す側で、とにかく矢野さんを通して通報してもらおうというふうに、そのとき思いました。

代理人  あなたが、いろいろ警察とあったわけですか。

朝木  いや、私があったというよりも、今まで、たとえば家に放火、火をつけられて警察を呼んだときもそうですし、電柱にいろんな誹謗中傷の嫌がらせのビラを……貼られたときに警察を呼んだときもそうですし。



 朝木は「警察との間でいろいろいきさつがあった」から、警察への連絡を矢野に頼んだという。しかしそのとき朝木が母親は本当に何者かに襲われた恐れがあると感じたのだとすれば、過去の「いきさつ」などにこだわっている場合ではない。

 母親の命に関わる事態と考えているにもかかわらず、実の娘が警察との関係を優先したとはやはり何かよほど警察に連絡しにくい事情があったのだろうか。朝木が自発的に矢野に依頼したのだとすれば、自分で警察に連絡しにくかった事情とは、明代が東京地検から呼び出しを受けていたこと、またその日の午後に明代と電話で交わした会話の内容にあったのではあるまいか。松戸から帰る朝木を急かせたのも同じ理由によるのだろうと私はみている。 

 東京都代理人は朝木が自分で警察に電話しなかったことについてさらに聞いている。具体的な理由が聞けたわけではないが、続く尋問に朝木はなぜか強い拒否反応を示した。



東京都代理人  矢野さんはもっと、そういうふうな警察との関係があったんじゃないですか。

朝木  関係があった……。

代理人  あなたも警察に対していろんなごたごたがあって、直接電話するのはためらったわけでしょ。

朝木  ちょっと、どういう趣旨ですか。

代理人  あなたが直接警察に電話をしてもよかったわけですよ。矢野さんを介さなくても。

朝木  それは当然そうですよ。



 かつて朝木が警察との間で何か「ごたごた」があったとして、それが具体的に何のことを指しているのかについては私には知る由もない。しかし9月1日夜、朝木が警察に直接電話しなかったのはやはり、明代が行方不明であることについて何か心当たりがあったからであるとみるのが自然なのではあるまいか。

 仮に明代が午後9時19分に電話したあと、事務所に立ち寄っていたとすれば(もちろん千葉も私も、明代は午後10時前に事務所に立ち寄り、何らかの異変が起きて事務所を飛び出した可能性が高いとみているが)、朝木から午後10時に電話があった時点ですでに矢野は明代の異状を知っていたことになる。

 その前提に立てば、10時30分に事務所にも母親がいないことを確認し、これから警察に電話するという朝木を、矢野が「自分が電話する」といって思い止まらせたというのが事実だった可能性もないとはいえまい。朝木が警察に電話しようとしているのを矢野が「自分が電話してやる」といって思い止まらせたというよりも、朝木が矢野に依頼したという方がストーリーとしては自然で、その方が矢野の責任も軽減されよう。

 いずれにしても事実は、朝木は警察に電話せず、その直後には矢野も警察には電話をかけていない。しかし矢野も朝木も、10時30分過ぎに矢野が警察に電話をかけたことにしている。これが矢野の外部を巻き込んだ最初の隠蔽工作だった。

 矢野はなぜ10時30分に電話したことにする必要があったのか。明代が最後の電話をかけた午後9時19分から10時30分までの間に、矢野が警察に明代の安否を問う電話ができない原因となる明代に関わる何かが起きたとみるべきだろう。バッグが残された事務所でそれは起きたのではあるまいか。

食い違う弟の供述

 事務所で起きたこととは、万引き事件をめぐる、のちに明代がバッグを置いたまま裸足で事務所を飛び出すような異状事態であると千葉はみている。

 ところが矢野と朝木によれば、その夜に起きたのは「朝木明代が自宅から何者かによって拉致された」という事実であるという。もちろん彼らを含めて誰一人そのような現場を見た者はいないが、矢野と朝木によればその後、朝木の周辺では「明代が何者かに拉致された」ことを疑わせる出来事が相次いで起きたというのである。

 1つが深夜、朝木宅の近くで見張るように不審な車が停まっていたと矢野と朝木が主張していること。ただ、朝木宅は市道から私道を入った奥まった場所にあり、その不審車が停まっていた位置は市道を挟んだ斜向かいで、朝木宅に続く私道さえ見通すことはできなかった。

 矢野と朝木はこの出来事もまた「拉致」を疑わせる出来事であると主張しているのである。しかし不思議なことに、警察の事情聴取に応じた弟は、その夜、朝木宅の周辺では「何も変わったことはなかった」と供述したという。

 最も落ち着いた様子で聴取に応じていたのは弟だったらしい。再三の要請にもかかわらず、ついに1度も事情聴取に応じなかった朝木よりも、事情聴取に応じた弟の説明の方が信憑性があるのではあるまいか。

 矢野と朝木が主張するもう1つの「不審な出来事」は、「現場にもバッグの中にも鍵がない」とする事実である。ところがバッグについて弟は、「『バッグの中からなくなっているものは見当たらない』と(朝木から)聞いた」と供述しているという。

 ここまでの弟の供述で重要なのは、弟は周囲の状況から、明代が行方不明であることについてなんら事件性を感じてはいなかったということである。矢野と朝木だけが事件だと騒いでいたということになろうか。

 では、「バッグの中からなくなっているものはない」とすると、明代の転落現場から発見された鍵がその直前に存在していた場所はどこなのだろうか。裁判の行方が注目される。

(つづく)
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