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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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万引き被害者威迫事件 第29回(最終回)
                             ★第1回から読みたい人はこちら

東京高裁が示した威厳と正義

 弁論継続を求めた矢野の主張を東京高裁が受け入れず、判決期日を指定したことで、あとは判決を待つだけと考えていた。通常、控訴人の控訴理由に一定の正当性があると裁判所が考えれば審理を継続する場合が多く、一審判決の結論に著しい変更がない場合には一回の口頭弁論で終結することが多い。したがってこの裁判の場合も、矢野の請求が棄却される可能性が高いと考えられた。閉廷後、矢野もまた十分にそのことは予感していただろう。東京高裁が矢野の請求を棄却すれば、仮に上告したとしてもその判決が覆る可能性はほとんどない。

 しかし驚いたことに、矢野はまだ裁判の継続をあきらめていなかった。結審から2週間後の平成17年11月22日、矢野は東京高裁に対して「弁論再開の申立書」および「証拠申出書」(証人尋問が必要であるとする人物を指定したもの)「検証申出書」を提出したのである。「弁論再開の申立書」で矢野は次のように主張していた。――

1 本件については、原審及び当審において、被控訴人ら(宇留嶋ら)の事実捏造があったこと及びその事実捏造が存在すれば、被控訴人らにより控訴人(矢野)の名誉が毀損されたされたことは明白であるにもかかわらず、書証についてさえ一切証拠調べもなされておらず、被控訴人らが主張する事実の存否について全く検討をしていない。

2 したがって、控訴人の名誉が毀損されたことについて、控訴人には、上記1記載の「事実捏造」が存在するか否かに関する立証の機会と、被控訴人らにはそれに対する抗弁の機会が十分に保証されなければならない。以上のとおり、本件の弁論を再開するべき理由が十二分に存在することが明白であるので、控訴人は、ここに本申立をする次第である。――

「証拠申出書」ではパート店員を証人として申請し、「検証申出書」には矢野が被害店訪問時に録音したテープを検証してほしい旨の記載があった。

 しかしいうまでもなく、提訴から東京高裁での結審までに矢野には十分に証人申請する時間があったし、録音テープを提出するチャンスもあった。とりわけ録音テープは、提訴と同時に提出することもできたのである。つまり、今回矢野が提出した書面の内容はいずれも矢野が結審までにするべきことをせず、裁判所もまたその必要性を認めなかったものばかりだった。案の定、判決言い渡しまでに東京高裁から弁論を再開するとの通知は来なかった。矢野の弁論再開の申立は相手にされなかったようだった。

 こうして迎えた平成18年12月15日、東京高裁は私たちが予想したとおり矢野の控訴を棄却する判決を言い渡した。しかし、矢野と明代の威迫行為および会話記録の改ざんの事実認定に関する判断は東京地裁八王子支部の判決よりもはるかに踏み込んだものだった。東京高裁は地裁八王子支部の真実性判断の部分をすべて取り消し、改めて高裁としての判断を示した。その全文を紹介しよう。

――そこで、本件記述の真実性について検討する。

 前掲各証拠によれば、①千葉英司(以下「千葉」という)は、もと東村山警察署の副署長であり、本件窃盗被疑事件を担当していたこと、②千葉は、本件窃盗被疑事件の捜査において、本件洋品店の経営者である○○やその女性店員から事情聴取等を行ったこと、③上記女性店員は、捜査機関に対し、控訴人(矢野)や亡朝木が、平成7年6月30日、本件洋品店を3回訪れたが、その時刻は、1回目が午後5時20分ころ、2回目が午後7時少し前ころ、3回目が午後7時45分ころである旨を述べ、さらに、3回目の訪問に関して、訪れたのは男性1人(控訴人矢野)で、その男性が『オーナーはまだ帰ってきていませんか。今日は帰りますけど、オーナーに無実の人を訴えると罪になると伝えてください』と告げた旨を供述したことが認められ、これらの事実によれば、控訴人は、平成7年6月30日、亡朝木と共に、午後5時20分ころ及び午後7時少し前ころの2回本件洋品店を訪れ、午後7時45分ころには、1人で本件洋品店を訪ね、前記女性店員に対し、『オーナーはまだ帰ってきていませんか。今日は帰りますけど、オーナーに無実の人を訴えると罪になると伝えてください』と告げたこと及び④被控訴人宇留嶋は、千葉に対する取材により、上記③の事実を聞き出し、これに基づき、本件記述をしたことが認められる。

 なお、証拠によれば、○○(被害者)は、本件窃盗被疑事件に関連する民事訴訟において、平成12年2月23日に行われた本人尋問で、平成7年6月30日に控訴人(矢野)が本件洋品店を訪れた回数が2回であった旨の供述をしているが、前掲各証拠によれば、控訴人が本件洋品店を訪れた際、○○(被害者)は不在であって、前記女性店員から控訴人の来訪を聞いたにすぎないことが認められ、この事実にかんがみれば、○○(被害者)が上記供述をしたことが、前記③の事実の認定の妨げとなるものではないというべきである。

 そして、控訴人(矢野)が作成した本件反訳書(会話記録)においては、控訴人が、平成7年6月30日に本件洋品店を訪ねたのは、午後7時ころと午後8時前の2回であると記載され、また、3回目に訪ねた際に控訴人がした『人を訴えると罪になると伝えてください』との発言が記載されていないことは、事実に反するものといわざるを得ないから、これらの点に関する本件ビラ(東村山通信クラブ)の指摘は、真実であるか、仮にそうでなかったとしても、上記認定の事実に照らせば、被控訴人宇留嶋がこれを真実と信じたことには相当な理由があったというべきである。

 また、控訴人(矢野)が上記訪問の際に本件店員と交わした会話を録音していたことにかんがみれば、本件反訳書(会話記録)に記載された訪問の回数と訪問時間が事実に反し、また、上記発言が記載されなかったことも、控訴人が意識的にしたものと考えられることに照らせば、被控訴人宇留嶋が、本件記述において、控訴人(矢野)が本件反訳書を民事訴訟の証拠として提出したことをもって、改ざんした会話記録を証拠として提出したものとした本件ビラにおける記載も、真実であるか、仮にそうでなかったとしても、被控訴人宇留嶋が、これを真実と信じたことには相当の理由があったと解するのが相当である。――

 矢野が3回目に訪れた際に「人を訴えると罪になる」という発言をしたこと、またその発言が矢野の提出した「会話記録」に記載されていないと私がビラで指摘した点について東京地裁八王子支部はたんにその相当性を認めたにすぎなかった。ところが東京高裁は、

〈3回目に訪ねた際に控訴人がした『人を訴えると罪になると伝えてください』との発言が記載されていないことは、事実に反するものといわざるを得ない〉

 と認定し、矢野の主張する訪問回数と時間がパート店員の証言と食い違っている点および矢野が威迫発言を記載しなかった理由についても、

〈本件反訳書(会話記録)に記載された訪問の回数と訪問時間が事実に反し、また、上記発言が記載されなかったことも、控訴人が意識的にしたものと考えられる〉

 とまで一挙に踏み込んだのである。「意識的にした」とは、「隠そうとする意思をもって記載しなかった」ということであり、矢野が被害店への訪問目的、とりわけ最後の発言を「脅し」と認識していたということである。刑事事件と異なり、事実認定までにはあまり踏み込まない民事訴訟において、裁判所がここまで事実認定に踏み込んだ判決もあまり例がないのではないか。

 東京高裁は一審において矢野が最後の最後まで事実関係について主張しなかったこと、控訴提起についても一審の進行に関する虚偽の主張をしたこと、控訴理由書にも事実関係に関する新たな主張がなかったこと、結審に際して異論を述べなかったにもかかわらず、事後に弁論再開を申し立てて正当な裁判手続を無視しようとしたこと――などから矢野の特異性を見抜いたのだろう。その上で、威迫発言の事実関係についても、たんに記事の相当性を認定しただけでは再び矢野が被害者の法廷供述を根拠に「なかった」と主張しかねないと判断したのだろう。

 矢野が再び「会話記録」の正当性を蒸し返すことは、すなわちなんらの落ち度もない被害者やパート店員の証言を虚偽と決めつけるものであり、彼らの人権を著しく侵害するものにほかならない。東京高裁は、矢野に二度と被害者を嘘つき呼ばわりさせないためには、裁判所として一定の判断を示す必要があると考えたのではあるまいか。いずれにしても、ここまで事実関係に踏み込んだ東京高裁の判決は、嘘をつくことになんらの抵抗もない矢野の不誠実さと、自己保身のためには他人をどこまで陥れても平然としている不正義を許さない断固とした意思を示したものである。この判決に対して、矢野は上告しなかった。

 平成7年6月30日、取り調べ直後に矢野と明代が被害者に対して行った威迫行動について、矢野は平成11年の法廷での供述以後、さまざまに言葉を弄して「取材」であると主張し、あるいは被害者本人を追い詰めるかたちで威迫発言の存在をなかったことにしようとしてきた。もちろんそれは、明代の万引きの事実を否定するためであり、なにより矢野自身の隠蔽工作への関与を否定するためにほかならなかった。しかしこの東京高裁判決によって、矢野が平成7年以後12年にわたって主張してきたことのすべてが虚偽であることが確定したのである。

(了)   
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テーマ:裁判 - ジャンル:政治・経済

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