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第2次「行動する保守」事件 第17回
絞られた争点

 私が「行動する保守」Aを提訴していた裁判は、前回第2回口頭弁論までに裁判官が原告被告双方に主張・立証を要請した内容からほぼその争点が絞られたと、私は理解している。これまでに裁判官が原告・被告双方に対して出した指示は以下のとおりである。



第1回口頭弁論(平成24年5月25日)

被告の主張に基づき、原告に対して、
①本件写真が撮影された際、原告は被告から「離れろ!」といわれたかどうか(「行動する保守」Aは「離れろ!」といったにもかかわらず、宇留嶋は撮影を続けたと主張している)。
②「ジャーナリストに肖像権はない」とする被告の主張に対する反論。

第2回口頭弁論(平成24年7月23日)

被告の主張に基づき、原告に対して、
③「本件請求は時効である」との被告の主張に対する反論。

被告に対して、
④本件写真が撮影された日に何があったのか、時系列で説明されたい(その趣旨は、被告が原告に対して「離れろ」といったのが事実とすれば、それはいつの時点だったのか)。



 このうち②については、被告はさる著名なジャーナリストが肖像権を放棄する発言をしたことを引き合いに「ジャーナリストには肖像権はない」と主張したものである。しかし、本人の承諾があれば肖像権の侵害にはならないのは当然で、そのことをもって「ジャーナリストに肖像権はない」というのはあまりにも乱暴な主張なのではないか。私は第2回口頭弁論までに、肖像権は基本的人権の一部として、職業に分け隔てなく認められているものであるとする主張を行った。

 ③の「時効」の主張については、本件写真の掲載を知った時期が最近だったこと、および知人のアドバイスもあって、提訴の時点(平成24年4月20日)において本件写真がインターネット上で閲覧可能な状態にあった事実に基づき、その時点で新たな不法行為が発生しているから消滅時効の起算点は本件写真が最初に掲載された平成21年3月13日ではないとする主張・立証を行った。

 平成24年9月11日に開かれた第3回口頭弁論で、裁判官は②と③の争点についてはもういっさい触れず、「本件(の争点)は本件写真を無断で掲載したことが受忍の限度であるかどうかということになります」と述べた。裁判官のこの発言から私は、②③の争点についてはクリアしたものと受け止めた。

「離れろ!」といったかどうか

 さて、「受忍の限度にあるかどうか」ということに関わってくるのが、本件写真が撮影された際に「行動する保守」Aが私に対して「離れろ!」といったかどうか(上記裁判官の指示①)ということである。その発言が実際にあり、私が街宣の主催者である「行動する保守」Aの警告を無視して傍若無人な取材(撮影)を行っていたということになれば、そのような私の写真が無断で掲載されてもお互い様じゃないの(受忍限度内)という判断になろう。すなわち第3回口頭弁論の時点で、裁判官は判決を左右する最も重要な論点は、「行動する保守」Aが私に対して「離れろ!」と警告した事実があったかどうかであると考えているようだった。

 この点に関する「行動する保守」Aのブログでの記載をまず紹介しておこう。「行動する保守」Aは平成21年3月13日付〈黒田大輔『日本を護る市民の会』代表の裁判支援行動?〉において次のように記載している。



(平成21年3月13日付ブログにおける「行動する保守」Aの記載)

(平成20年9月1日に行った東村山駅前街宣で)この日も宇留嶋氏はカメラを引っさげて1人ずつ前回と同じように撮りまくっていました。

 参加者の中には余り近距離から、それも何枚も撮られて良い気持ちをしない人もいます。そのような人から「撮るな、何故撮っている?」と抗議の声が上がるのを聞きました。

 それでも宇留嶋氏は撮影を止めようとしません。黒田氏ともう1人の参加者の2人が宇留嶋氏に詰め寄っていました。黒田氏は「あなたが撮るならこちらも撮るよ」と言ってカメラを向けていた。

 これ以上のトラブルになるのを避けるために、私が宇留嶋氏に近づいて「離れろ!」と言ったのが下記の写真です。



 ここで「行動する保守」Aがいう「下記の写真」が、本件で私が肖像権侵害を主張している写真である。この写真についてはすでに複数回にわたって掲載されたが、「行動する保守」Aが私に対して「離れろ!」といった場面であるなどと主張したのはこれが初めてだった。それまで「行動する保守」Aは逆に、私に対して「われわれは寛容だから、何も文句はいっていない」(趣旨)と述べていたのである。

行政書士の陳述書が重要な役割

「行動する保守」Aは本件写真の場面について〈これ以上のトラブルになるのを避けるために、私が宇留嶋氏に近づいて「離れろ!」と言ったのが下記の写真です。〉と記載している。〈これ以上のトラブルになるのを避けるため〉というのだから、「行動する保守」Aが私に対して「離れろ!」といったとすれば、それは浦安の行政書士が私に対して「あなたが撮るならこちらも撮るよ」と「抗議」したあと以外ではあり得ない。

 浦安の行政書士が群馬からの参加者とともに私に「抗議」してきたのは事実である。その時間帯は、矢野穂積と朝木直子が5時過ぎに街宣に合流し、朝木の演説が終了した後の夕方5時30分ごろだった。朝木の演説が終わり、朝木明代の自殺現場の献花に向かう途中のことである。
 
 浦安の行政書士が私に対して「あなたが撮るならこちらも撮るよ」という趣旨の発言をした時間帯が夕方の5時30分ころであることは、行政書士が別件で提出した陳述書および群馬の参加者が撮影した動画(反訳)によって立証される。

 反訳には行政書士の私に対する「何かご発言があればどうぞ」、群馬の参加者の私に対する「あれ? 取材しなかったでしょうね? 取材拒否って言ったんですから」とする発言とともに、「平成20年9月1日午後5時37分」と撮影日時が記載されている。

 行政書士の陳述書にはそれ以前の、私に「抗議」を始めた直後からの発言が記録されている。時系列でみると、行政書士が「あなたが撮るならこちらも撮るよ」と発言したのは群馬の参加者の上記発言の前であり、矢野と朝木の演説が終了したあとであることを行政書士が陳述書で立証してくれていた。つまり、行政書士が「あなたが撮るならこちらも撮るよ」と発言したのは早くても「午後5時30分ころ」である。

 すると、「行動する保守」Aの主張が事実とすれば当然、「行動する保守」Aが私に対して「離れろ!」といったのも午後5時30分以降ということになる。しかし私の記憶では、本件写真が撮影されたのは私が「行動する保守」Aに対して「内部告発者には会ったのか」と聞いたときであり、街宣が始まる前(午後3時30分より前)だった。その際「行動する保守」Aは私に対して「(内部告発者に)会ってますよ」(この発言は嘘だったことを「行動する保守」A自身がのちに自白している)と回答はしたが、「離れろ!」などという発言はなかったのだった。

 なお千葉との裁判で和解に応じた「行動する保守」Aは、9月18日限り削除するという約束を履行しなかった。ささやかな抵抗だろうか。重鎮にしては浅慮である。

(つづく)
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