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著書紹介

民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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朝木明代転落死・鍵隠蔽事件 第33回
衝動的だった可能性

 事務所を飛び出した明代は自殺現場のビルに向かった。ただ矢野に会うまでの間に明代が、もう死ぬしかないと覚悟を決めていたかといえば、それにはやや疑問が残る気がする。その日の午後、明代が万引き現場に佇んでいたこと、それに警察に行こうと考えていたことは、謝罪することで最悪の事態を避けようとしていたことを裏付けている。

 その後、裸足で事務所を飛び出した明代はそのまま現場ビルに向かい、転落死を遂げた。転落場所の真上、5階と6階の間にある踊り場の手すりには外部からつかまるかたちで手指の跡が残っていた。事務所に行くまでの明代の言動と現場の状況を総合すると、明代の転落死は覚悟の上というよりもむしろ衝動的な自殺だったように私には思える。

バッグを置いた時間

 矢野が平成7年9月1日午後9時10分過ぎに事務所に帰ってきたとき、明代のバッグはあったが、その後、明代とは会っていないと説明している。その上で、矢野が事務所に帰ってきたときカギがかかっていたから、カギをかけたのは明代で、現場捜索後に現場から明代の鍵が発見されたということは、その鍵は明代以外の第三者によって置かれたものであり、これこそ「他殺」の証拠である――と矢野は主張してきた。明代の鍵を矢野以外の何者か(犯人)が置いたとすれば、明代の死は「他殺」だという主張も説得力を持とう。

 しかし裁判の過程で判明した明代の行動に関する目撃証言や千葉が準備書面で明らかにした事実によって、東京地検の取り調べを週明け早々に控えて追い詰められていた明代の精神状態が浮き彫りになった。それを確定的にしたのが平成7年9月2日午前0時30分ころ、東村山署に電話した際の矢野の発言である。

「朝木明代が行方不明になっている。そちらに行っていないかと思って電話しました」

 明代が「警察に行く」とは、罪を認めて謝罪するということにほかならない。したがって矢野のこの発言は、当時の明代の精神状態と矢野の状況認識を知る上できわめて重要である。

 この発言は明代が矢野に「警察に行く」と伝えていたこと以外に、さらに2つの重要な事実を物語っているように思う。1つは、「明代が警察に行く」可能性を矢野が具体的に知り得たのは、9月1日の明代の行動や明代が自宅から矢野に電話をかけた際のやりとりなどから、その電話のあと以外には考えられないということ。つまり明代が転落する直前には会っていないとする矢野の説明は信用できず、むしろ明代は自宅から事務所に電話したあと事務所に行き、矢野と会ったという事実が推測できるということである。

 そうなると、午後9時10分過ぎに矢野が事務所に帰ったとき明代のバッグがあったという話はますます信憑性が薄れよう。明代は矢野が事務所に帰ってから午後10時より前の間に事務所に行き、その際にバッグを持っていったと考える方が自然なのである。

 ではなぜ矢野は、矢野が事務所に帰ってきたとき明代のバッグがあったと説明したのだろうか。明代が自殺を遂げる直前に事務所で会っていたという事実を隠したかったからではないかと考えざるを得ない。自殺の動機に結びつく何か重要なやりとりがあったということだろう。明代がバッグを事務所に持っていったのが自殺の直前であるとすれば当然、矢野が明代のバッグの中身を調べたのは、明代が事務所を飛び出したあとということになろうか。

 乙骨正生の『怪死』(教育史料出版会)では、矢野は「9時10分頃」に事務所に帰るとすぐに明代のバッグの中身だけでなく、バッグに入っていた財布の中身、金額まで勘定したことになっている。しかし、矢野は午後9時13分にトイレに入り(この時間に明代が自宅から電話をかけたが、矢野は出られなかった)、その直後には議会事務局から電話がかかり、会話途中の午後9時19分に明代と電話で会話を交わしている。明代は電話で「休んで行きます」と伝えており、その際矢野は特に明代に異状を感じてはいない。したがって、仮に矢野が事務所に帰ってきた際に明代のバッグがあったとしても、バッグの中身だけでなく財布の金額まで数える暇も、それ以前に他人の財布の中を覗くだけの正当な理由があったとも考えられない(だから矢野自身による『東村山の闇』では財布の中身まで数えたことは記載されていない)。

 矢野が明代のバッグと財布の中身を調べたことに関する不自然さは、そもそも矢野が事務所に帰った際に明代のバッグはなかったのではないかという根本的な疑問を生じさせる。むしろバッグは、明代が矢野に電話したあとに事務所に行った際に置いたと考える方がよほど自然で矛盾もない。バッグの中には鍵も入っていたはずである。とすれば、現場に鍵を置くことのできた可能性を持つ人物はかなり限定されよう。

「他殺」を否定していた矢野

「そちらに行っていないか」という矢野の発言が物語る2つ目の事実は、少なくともその時点で矢野は明代が「拉致された」とは考えていなかったということである。「拉致された」と考えていたのなら、「警察に行っていないか」と思うはずがない。むしろ矢野は転落死する直前まで明代と会っていたのだから、「拉致された」と認識していないのは当然なのだった。

 このころすでに矢野の頭の中では「拉致―他殺」「政治的謀略」などのストーリーが組み立てられていたのだと思う。しかし矢野はときに、興奮すると我を忘れて失言する癖がある。朝木に頼まれてから2時間もたって警察に電話した際、さすがの矢野も興奮していて、とっさの言い訳をしようとして思わず事実を口走ってしまったのだろう。矢野はこの言葉によって自らすでに「他殺」を否定していたことになる。

(了)
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