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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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佐藤ブログ事件 第10回
主張を放棄した代理人

 余談だが、裁判官を「創価より」で公平性を欠くと断定したこの記事には、さらに「パーソナリティ障害」とのコメントの相当性をうかがわせる続きがある。一審で矢野の代理人を務めていた弁護士に関する記述である。



(弁護士に関する記載)

 控訴したところ、今度は私の弁護士が控訴理由書を出さないという前代未聞の背信行為が発生。このため、私は弁護士をすぐ解任し、……



 この控訴審第1回口頭弁論を傍聴していた私は、「控訴人は控訴理由書を提出していませんね。これでは控訴の理由がわかりませんよ」という裁判長の発言を聞いて、一瞬、何が起きたのかわからなかった。代理人がついていて、控訴審第1回口頭弁論に控訴理由書が提出されないということは、通常は考えられない。

 弁護士はその場で立ち上がって何か釈明し、右隣に座った矢野が強い調子で指示しているようにみえた。しかし結局、裁判長は弁護士の言い訳を認めず、その場で結審を言い渡したのである。もちろん控訴棄却以外の可能性は考えられなかった。その直後、矢野、朝木と代理人はなにやら気まずい様子で、足早に法廷から去っていった。その光景は今も記憶に鮮明に残っている。

 弁護士はなぜ控訴理由書を提出しなかったのだろうか。依頼人の味方でなければならない弁護士として、あってはならない行為である。

 矢野が提出した書証によれば、この弁護士か弁護士事務所の者が、矢野が主張する「目撃者」宅を訪問し、その場で証言を断られている。弁護士には「目撃証言」なるものが少年を犯人と特定できるものなのかそうでないものか、その時点で薄々わかったのではあるまいか。

 だから弁護士は少年に対する尋問で、事件そのものに対する証言内容ではなく「証言すれば逆恨みされる可能性がある」といったという事実かどうかもわからない話を根拠に追及するしかなかったのである。矢野流の論点のすり替えである。

 その上、一審で〈刑事訴追の手続が執られていない被告を名指しで犯人であると断定している点において極めて特異〉とまで断定され、弁護士にはこれ以上、無実の少年を暴行犯に仕立て上げるための新たな主張ができなかったということだろう。あるいは、無実の少年を暴行犯に仕立てることに嫌気が差したようにも見えた。

なぜか登場した「アングラ記者」

 それにしても控訴理由書を提出しないとは、やはり弁護士としてあってはならないことで、依頼人である矢野が背信行為と怒るのも無理からぬところがある。しかし続く記述は矢野独特のものだった。記事は以下のように続いている。

〈私が解任した弁護士の事務所には、宇留嶋という創価系のアングラ雑誌の自称記者(2面参照)が最近出入りしていました。〉

 弁護士が控訴理由書を提出しなかったのは、あたかも私と関係があったことが理由であるかのような記述である。自分の代理人が責任を果たさなかったからといって、それが何かの謀議に基づくものであるかのように話を作出してしまうところは、まさに「パーソナリティ障害等」とのコメントの相当性をうかがわせるものといえるのではあるまいか。

 当時、弁護士の事務所が勤務先の近くにあり、別件で書類を直接持参したことがあった。そのことを弁護士は矢野に伝えていたのだろう。もちろん私と弁護士は敵同士で、弁護士の事務所に行ったのはその1度きりで、以後行ったことはない。

「出入りしている」といえば訪問する側とされる側の間にはなんらかの関係があったと解されるのが普通である。つまり矢野はこう記述することで、弁護士は敵である宇留嶋と関係を結んで矢野を裏切り、依頼人の利益と正義に反して控訴理由書を提出しなかったのだと印象づけようとしているものと理解できよう。事実なら弁護士懲戒にも匹敵する行為である。しかし矢野がこの行為について弁護士会に対して懲戒請求したという話は聞かない。

証言を拒否した矢野と朝木

 ところでこの弁護士は当時、〈東村山女性市議「転落死」で一気に噴き出た「創価学会」疑惑〉と題する記事で創価学会から提訴された『週刊新潮』の代理人を務めていた。矢野が弁護士を解任したのは、『週刊新潮』裁判がちょうど証拠調べ(証人尋問)を迎えようとする時期だった。

 解任の影響かどうか、『週刊新潮』の裁判で変化が起きた。人証直前の口頭弁論の際、この弁護士から裁判長に対して「証言を依頼していた矢野さんが出廷できなくなった」との申し出があったのである。「出廷できなくなった」とは、矢野は証人として出廷することをいったんは了承していたということと理解できた。以下、法廷ではこんなやりとりがあった。

裁判官  そうですか。では、朝木直子さんはいかがですか?

弁護士  朝木さんもダメなようです。

裁判官  どうしたんですかねえ。

弁護士  私にもよくわからないんです。

 弁護士はこうとぼけたが、矢野から解任されたことと無関係なはずはなかろう。新潮社の代理人でもあった弁護士は、少年との裁判で控訴理由書を提出しなくても、そのことは『週刊新潮』裁判での証言には影響しないと楽観していたのかもしれない。しかし現実はこうなった。矢野にとって「朝木明代の汚名を晴らすこと」(証言台に立つこと)は、自分の裁判のなりゆきによって左右される程度のものだったのだといわれてもやむを得まい。

『週刊新潮』側はやむなく『怪死』(教育史料出版会)を出版したジャーナリストの乙骨正生を証人の代役に立てたが、客観的な証拠に基づかない話ばかりで、とうてい説得力のある証言とはいえなかった。むしろ創価学会側弁護士の追及によって、「創価学会疑惑」にはなんらの根拠もなかったことが浮き彫りにされたのである。『週刊新潮』は200万円の支払いを命じられ、控訴もしなかった。

(つづく)
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