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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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太田述正事件 第4回

エリートの独自の弁明

『東村山の闇』の著者である矢野と朝木が、明代の万引きの事実を知っており、したがって自殺の動機があったことを知りながら、当初から創価学会やたまたま捜査を担当した東京地検の検事や東村山署元副署長に疑いの目を向けさせることを意図していたのと異なり、太田にことさら検事や副署長を陥れようとする意図があったとは思えない。しかし、悪意のいかんにかかわらず、結果として太田が矢野と朝木の情報操作の片棒を担ぐことになったことは事実だった。特に太田のような経歴を持つ知識人が「なお、明代市議の殺人犯はまだつかまっていません」などと断定すれば、読者のうちの何人かは本当に、明代の万引きを苦にした自殺が「殺人事件」だったのだと思い込まないともかぎらない。

 東村山署元副署長、千葉英司が太田のコラムによって社会的評価を低下させられたとして提訴したのは、平成18年3月28日のことである。これに対して太田は同年4月11日付コラムでこう書いた。

〈(この裁判の)ポイントは、①原告が名誉を傷つけられたとしている箇所は本の内容の紹介であること②本の内容の紹介は、公党批判――高度の公益性あり――を行うためのマクラであること③捜査機関の業務執行に係る疑惑を紹介することには公益性があること④原告はこれまで私の上記コラムに関し反論や名誉回復を全く試みずにいきなり訴訟を提起したこと、等だと考えている。〉

 だから何だといいたいのか。私にはよくわからないが、太田は自分が書いたコラムには違法性はないといいたかったのだろうか。第1回目の口頭弁論で、原告被告とも代理人をつけていないことに関して裁判官から、今後も代理人をつけないのかどうか確認があった。その際太田は「私も法学部を出てますから」と、一定の法律知識は持ち合わせているとの趣旨とも「東大法学部出身」というプライドの現れとも取れる回答をしたものだった。

 記事による名誉毀損の違法性が争われる裁判においては、①記事が公共の利害に関するものであり、②記事の目的がもっぱら公益を図ることにあった場合、③摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったとき、または記事の重要な部分を真実と信じるについて相当の理由があったと認められるとき――この3つの条件が満たされた場合には、記事の違法性は阻却(問われない)されるという判断基準が確立している。

 この基準に太田が示したポイントをあてはめてみるとどうか。③と②の「公党批判」については法的な判断基準に則した主張といえるが(公共性・公益性)、①と④および②の「マクラ」については愚痴か言い訳のたぐいでしかないように私には思えた。④の「いきなり訴訟を提起した」に至っては、「いきなり訴訟を提起してはならない」という法は存在しない上に、調査不足という自らの怠慢を棚に上げた自己中心的な主張というべきだろう。

 太田は問題のコラムで「こんな創価学会すなわち公明党が、……日本の政治のキャスティングボード(ママ)を握っています。背筋が凍るような話だとお思いになりませんか。」と結んでいるが、この部分は「本の紹介」ではなく明らかに太田自身の見解である。コラム全体の流れからすれば、ここでいう「こんな創価学会」が指すのは、直前の「カルト」の話だけでなく、「敵対する議員に万引き犯の汚名を着せたあげく、『公僕としての義務よりも創価学会への忠誠を優先させ』て殺人事件を自殺として処理するような検事や警察官を会員に含むような反社会的な団体」ということでもあると理解できる。

 太田はこの結論の前提となる部分を「本の内容の紹介」として、あたかも自分の主張ではないかのように述べるが、自分の見解として「背筋が凍るような話」と結論づけている以上、前提部分はたんなる「本の内容の紹介」ではなくすでに太田自身の認識として提示されていると評価できるのではあるまいか。とりわけ「昭代(ママ)市議をビルから突き落として殺害した人間は創価学会関係者の疑いが強かったため、彼らは公僕としての義務よりも創価学会への忠誠を優先させ、創価学会の組織防衛に走ったと思われます。」とする箇所に至っては、「本の内容の紹介」というよりも明らかに太田自身の見解にほかならない。

 また「マクラ」であろうとなかろうと、それがコラムの結論を左右する重要な前提であり、事実摘示を含むものであるかぎりそのことを理由に免責される道理もない。つまり、千葉が提訴した直後に発表した太田コラムの内容は、ブログ上の意見表明としては存在し得てもとうてい法廷では通用しない、太田独自の論理にすぎないように思われた。


(第5回へつづく)
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テーマ:裁判 - ジャンル:政治・経済

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