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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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「朝木宅襲撃事件」 第8回
最初に取り上げた『週刊新潮』

 矢野と朝木がいうように、朝木に危害を加えることを目的に暴漢が朝木宅に侵入したのだとすればきわめて重大な事件である。またこの事件が本当に、朝木明代の転落死と関係があるのだとすれば、とりわけかつて「殺された」と騒いだ週刊誌にとっても、取り上げるかどうかは別にしても、より興味深い事件であることは事実だったろう。

 それらの週刊誌の中で真っ先に事件を取り上げたのは、ことのほか創価学会にこだわりを持つとみえる『週刊新潮』だった。『週刊新潮』は東村山事件のデマ報道で創価学会から提訴された際、真実性・相当性を立証する切り札として取材源である矢野と朝木に証言を依頼したが、当初の予定とは異なり、尋問の直前になって証言を断られたようだった。裁判長に対して当惑気味にその旨を伝える代理人の姿からは、矢野と朝木の対応に大きな変化があったことが感じられた。

 平たくいえばハシゴを外されたということだろう。『週刊新潮』もそう感じたのか、結果として『週刊新潮』は200万円の支払いと謝罪広告の掲載を命じられたが控訴せず、判決を受け入れた。平成13年5月18日のことである。

 それから5年がたち、矢野、朝木に対するわだかまりも薄らいだということだろうか。『週刊新潮』(平成18年2月23日付)は独立した記事ではないものの、〈ワイド「50年の50人」〉というワイド特集の中の1本としてこの「事件」を取り上げたのである。タイトルは〈謎の墜落死「東村山市議」宅に今度は「暴漢乱入」〉。かつて朝木明代の自殺に対して「創価学会疑惑」などとしたタイトルに比べればはるかに後退していることがうかがえるが、過去の記事に対するこだわりは捨てきれないらしかった。

不可解なコメント

 記事は朝木の次のコメントから始まっている。

〈「午前6時20分ごろでした。私は自宅の2階で寝ていたのですが、外で何か男性のわめき散らす声が聞こえてきたのです。私の家は入り組んだ路地の奥に建つ一軒家。繁華街から離れているし、何で朝早くからこんな路地に酔っ払いがいるのだろうと思ったのです」〉

 少なくとも朝木は当初、家の外でわめいているのが「酔っ払い」だと思っていた。そのうち男は敷地内に入ってきて窓ガラスを叩きはじめた。朝木は続けて次のように語る。

〈「男はガラスがびくともしないのでイラついて、何度も何度もドンドンと蹴りつけたのです。それこそ、家が揺れるくらいに強く蹴りながら“てめぇ出て来い”“出て来い! この野郎”と何度も叫んだのです」〉

 読者は朝木のコメントの中に重要な文言が含まれていないことに気づこう。多摩レイクサイドFMでも『東村山市民新聞』でも、「暴漢」が侵入した際、「出てこいこの野郎、ぶっ殺してやる」といったことになっている。だからこそ矢野は、この文言を根拠に「殺人未遂事件」とまでいっているのである。ところが『週刊新潮』において朝木は、その「暴漢」は「『出て来い! この野郎』と何度も叫んだ」とは説明しているものの、「『ぶっ殺してやる』と叫んだ」とはいっていない。これは奇妙なことではあるまいか。

『週刊新潮』が取材したのは発行日(2月23日=発売日は1週間前の2月16日)から逆算すると、多摩レイクサイドFMが最初の放送を行ったのと同時期とみられる。するとなぜ『週刊新潮』は「ぶっ殺してやる」という文言を記載しなかったのか。事件の真相に迫るという点においてはもちろん、読者に対するインパクトという点でも無視すべき文言ではなく、『週刊新潮』ともあろうものがこの発言を見逃すはずがない。

「ぶっ殺してやる」という発言が多摩レイクサイドFMでは放送され、『週刊新潮』では記載されなかったことをどう理解すべきなのだろう。朝木は『週刊新潮』の取材に対して「『ぶっ殺してやる』といわれた」とはコメントしなかったと考えるのが自然である。

 一方、「暴漢」が実際に朝木に対して「ぶっ殺してやる」といったとすれば朝木が『週刊新潮』に対してそうコメントしない理由は想定できない。すると『週刊新潮』の朝木のコメントの中に「ぶっ殺してやる」とする発言がなかった理由は、そもそも「ぶっ殺してやる」という発言は最初から存在せず、だから朝木もそうコメントしなかったと考えるのが最も合理的なのではあるまいか。

「伝えた」と主張する朝木

「暴漢」は本当に朝木に対して「ぶっ殺してやる」といったのか。私の代理人が法廷でこの点を朝木に確認した際のやり取りをみてみよう。



代理人  (『週刊新潮』の記事の中で)不思議だったのは、「てめぇ、ぶっ殺してやる」という発言が、記者の方に伝わっていないようなんで、このとき、取材を受けたとき、そういうふうにいわなかったのか、いったけど出なかったのかどうなのか。

朝木  全部犯人のいった言葉は鮮明に覚えてましたので、全部お伝えしてあると思いますが、私は伝えてあります。

代理人  伝えてあるけれども、たまたま載せなかったんじゃないかと。

朝木  これは、私が書いた記事ではありませんから、この記事について私がコメントする立場にはありません。

代理人  さっきいったようなことを記者には伝えたと。

朝木  伝えてあります。



 朝木が確かに伝えていたとすれば、『週刊新潮』は「てめぇ、ぶっ殺してやる」というこの重要な発言を聞き漏らしたか、記載し忘れたということになるのだろうか。しかしタイトルにも使えそうな、メディアにとってこれほどおいしいセリフを無視するとはやはり考えにくい。するとあるいは、朝木のいう「全部伝えた」中に「てめぇ、ぶっ殺してやる」は最初から含まれていなかったということなのか。

(つづく)
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