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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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「朝木宅襲撃事件」 第10回
ガラスを足で蹴った「暴漢」

『週刊新潮』と『週刊実話』に掲載された朝木のコメントには、「てめぇ、ぶっ殺してやる」とする「暴漢」の発言が含まれていなかったことのほかにも、事件の真相を物語っていると思える朝木自身の認識や警察の認識判断が多く含まれていた。まず当初の「暴漢」に対する認識を朝木は次のように語っている。



(朝木の当初の認識)

「何で朝早くからこんな路地に酔っ払いがいるのだろうと思ったのです」

「酔っ払っているように見えた男」(以上、『週刊新潮』)

「自宅2階で寝ていたところ、わめき散らす男の声が聞こえてきたんです。なんだろう、酔っぱらいかなと思っていると……」(『週刊実話』)



 朝木によれば、男はその後、朝木宅の敷地に侵入してガラスを叩いたりするのだが、少なくとも男の「わめき散らす」声を聞いた時点で朝木は、男を「酔っ払い」と認識していたことがわかる。朝木は路地でわめいている男の声を聞いただけでしらふと「酔っ払い」とを選別したわけだが、それにはよほどはっきりした根拠があったはずである。

 ところで矢野と朝木は、その「暴漢」を朝木直子の命を狙った「殺人未遂犯」だと主張している。しかし朝木を殺そうと考えていたなら、普通は他人にさとられないよう、物音を立てずに侵入しようとするだろう。わざわざ自分の存在を「命を狙っている」相手だけでなく無関係の第三者にも知らせることがあり得るだろうか。

 ごく普通の住宅地に住む人間の命を狙う時間帯も、通常は人が寝静まった夜が適していよう。にもかかわらずこの「暴漢」は朝の6時20分に、朝木によれば朝木宅につながる路地に入ったところで「わめき散らしていた」という。しかもこの早朝の6時20分という時間は「もう外が明るい状態だった」と朝木は尋問で供述している。「暴漢」が本当に朝木の命を狙っていたのなら、もっと早く行くべきだったろう。

 その後この「暴漢」は朝木宅の敷地内に侵入しガラスを蹴ったという。ガラスを蹴れば当然それなりの音がするだろうし、割れればもっと大きな音がする。何かが起きていると周囲に知らせるようなものである。こんなアホな殺し屋がいるだろうか。

 この「暴漢」が「朝木の命を狙った」のなら最初から家への侵入を想定しなければおかしい。とすれば、「暴漢」は侵入のための道具を携帯しているはずではないだろうか。しかし矢野も朝木も「暴漢」が殺人犯らしい道具や凶器を所持していたとはいわず、週刊誌にもそのような記載はいっさいない。

 仮に「暴漢」が道具や凶器を所持していたとなれば、間違いなく別の容疑で逮捕され、ニュースになっていたはずである。しかしそのような報道がなされた事実もない。「犯人」が凶器を所持していたかどうかについては私の代理人が矢野に聞いている。



代理人  特に犯人が凶器を持っていたとか、そういう話もないですね。

矢野  凶器はわかりませんが、ガラス窓をけ破ろうとしたというのは、基本的に意図ははっきりあると思いますけど。

代理人  手に何かバットを持っていたという、包丁を持っていたとか、そんな話は聞いたことがないですね。

矢野  それは確認してませんが、足でガラスをけったら、普通は割れますからね。



 要するに矢野も、「犯人」が凶器を持っていなかったことを知っているということだった。ガラスを割ろうとする意図があったともみえることと、「朝木の命を狙う」という計画性があったことは別の話だろう。

 このように客観的状況を総合考慮すると、家の中にいた朝木の不安は察するに余りあるとは思うが、朝木の当初の直感は正しく、これはやはり悪質な「酔っ払い」だったとみるべきではないのだろうか。

しばしば迷惑をかけている「常習の酔っ払い」

 では警察の判断はどうだったのだろう。



(朝木のコメントからうかがえる警察の認識と判断)

「男の話によると明け方3時まで東村山駅近くで飲んでいて、その後のことは何も覚えていないというんです。警察によれば男は常習の酔っ払いで、あちこちで酒を飲んでは迷惑をかけ、警察の厄介になっているというんです」(『週刊新潮』)

〈東村山署は、……「酔ってこれまでにもしばしばトラブルを起こしている常習者である」などとして、保護した後に釈放する姿勢を見せたという。〉(筆者注=この部分は直接的に朝木のコメントではないが、朝木への取材に基づくものと思われる)

「警察は単なる酔っぱらいのいたずらだから、保護した後に釈放するというのです。」(以上、『週刊実話』)



 両誌に記載された朝木のコメント等によれば、警察の認識、判断は、「男は『常習の酔っ払い』で、男の行為については『酔っ払いのいたずら』」というものだったことがうかがえる。警察が男を「常習の酔っ払い」と認識していたということは、すなわちこの男が東村山署の世話になったのはこれが初めてではないということになろう。その行為が悪質であることは否定しない。しかし、男の行為が「殺人未遂」だったとまで断定するのはかなり無理があるのではあるまいか。

 両誌によれば、東村山署はその男が以前も酔っぱらって他人に迷惑をかけたことがあり、今回も同様に酔っぱらって騒いだものと判断したということと理解していいのではないかと私は考えた。

 なお朝木自身も尋問で、警察から「暴漢」について聞かされた話として次のように供述している。



朝木  警察の方が、本人が酔っ払って、ちょっと暴れちゃっただけだ、みたいなことを、警察の方に言い訳をしてるというのは、警察の方から聞きました。



 朝木のこの供述は、両誌が掲載した朝木のコメントと矛盾しない。

 また両誌の記事が掲載されたのは『週刊新潮』が平成18年2月16日(同23日号)で『週刊実話』が同年3月2日(同9日号)と、ひと月近い開きがある。にもかかわらずその内容は同じで、なんらの進展もない点も「殺人未遂事件」を主張するにしてはやや不可解に思われた。

(つづく)
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