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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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『週刊現代』事件 第1回
 平成7年9月11日に発行された『週刊現代』(同年9月23日号)の記事をめぐり創価学会が発行元の講談社と朝木直子(現東村山市議)、それに朝木の父親大統を提訴した裁判は、東村山デマ関連裁判の中でもとりわけ朝木と矢野穂積(同)の特異性を世に知らしめた事件である。

 記事のタイトルは〈東村山女性市議「変死」の謎に迫る 夫と娘が激白! 「明代は創価学会に殺された」〉。本文には朝木父娘が取材に応じたものと思われる以下のようなコメントがあった。



「まるで坂本弁護士の事件みたいだと思った。絶対に自殺などではありません」

「創価学会はオウムと同じ。まず汚名を着せてレッテルを貼り、社会的評価を落とす。そして、その人物が精神的に追い込まれて自殺したようにみせて殺すのです。今回で学会のやり方がよくわかりました」(以上、朝木直子)

「妻が自殺するはずがありません。創価学会に殺されたんですよ。……妻が万引き事件で逮捕されたことも、学会におとしいれられただけ。万引き事件で悩み、それが原因で自殺したというシナリオを作ったんです」(大統)



 などである。

 裁判は最終的に東京高裁が講談社と記事でコメントした朝木父娘に対して200万円の支払いと謝罪広告の掲載を命じた判決が確定した。しかしこの裁判は普通では考えられない進展をみせた。朝木が裁判の途中で「取材は受けていない」などと主張したため、原告対被告だけにとどまらず、講談社と朝木父娘の被告同士の間でも争いが起きたのである。

 記事が出来上がった時点で、取材して記事にした側と取材された側の意見や利害が対立することはあり得ないことではない。ところが朝木は、そもそも『週刊現代』から取材を受けておらず、コメントはすべて捏造だというのだった。事実なら、意見や利害の対立どころの話ではなかった。

 裁判所は朝木の主張を認めず、記事に掲載されたとおりのコメントをしたものと認定したが、私が何より驚かされたのは、自らの保身のためなら、存在した事実を平然となかったものと言い張り、一定の信頼関係にあった者(少なくとも『週刊現代』はそう認識していた)をこれほどみごとに裏切ることができる者が存在していたことだった。

誰も予測しなかった主張

 朝木が「『週刊現代』の取材はいっさい受けていない」と初めて主張したのは創価学会が『週刊現代』と朝木を提訴(平成7年10月6日)してから約1年後の平成8年8月7日である。朝木はこの日、矢野、大統とともに問題の『週刊現代』の記事を批判する記事を掲載した聖教新聞と創価学会、東村山警察署副署長の千葉英司、それに万引き被害者などを提訴した(いわゆる「聖教新聞」事件)。訴状で矢野と朝木は創価学会会長が『週刊現代』のコメントを非難したことに対して次のように主張していた。



(「聖教新聞事件」訴状における朝木の主張)

 しかしながら、原告朝木大統及び朝木直子は、朝木明代の死亡に関して、「創価学会はオウムと同じ」「自殺したように見せて殺すのです。今回で学会のやり方がよくわかりました」「妻が万引き事件で逮捕されたことも、学会におとしいれられただけ。万引き事件で悩み、それが原因で自殺したというシナリオを作ったんです」「万引き事件も、今回の転落死事件も、学会が仕組んだ策謀」「学会と警察は共謀している」などと発言した事実は、一切ない。



『週刊現代』の記事に掲載されたコメントは捏造だから朝木らが批判される理由はなく、名誉を毀損するものだという主張と理解できた。これが間接的に、『週刊現代』裁判でも刑事告訴されていた案件においても朝木らに責任はないと主張するものであることはいうまでもない。

 提訴した日の午後、矢野は朝木、中田康一弁護士、支持者の小坂捗孝とともに東京弁護士会館で記者会見を開き、取材に来たマスコミ関係者には訴状のコピーを配布した。中身を読んだ記者のすべてが「取材はいっさい受けていない」という主張に驚いたのではあるまいか。

 記者の中には矢野と朝木の主張に従って全編にわたって「創価学会関与の疑惑」をほのめかした『怪死』(教育史料出版会)を出版したばかりの乙骨正生もいた。

 余談だが、乙骨は当時、『怪死』の記載内容をめぐって朝木から訴えを起こされていたことがのちに明らかになっている。その記載内容とは次の部分であるという。

〈朝木さんに対しても、「万引き常習者」だの「家族揃って万引きをしている」などと、それこそ根も葉もない誹謗中傷が執拗に加えられているが、そうした誹謗中傷の極めつけにあるのが、W不倫情報。

 朝木さんと矢野さんは、以前からW不倫関係にあり、二人が性交渉していた声が、事務所から漏れていたなどとの噂が、東村山市では、創価学会・公明をはじめとする反「草の根」グループからまことしやかに流されているのである。

 特に、朝木さんが不可解な転落死を遂げてからは、朝木さんの死は、「矢野と娘の直子が不倫関係に陥り、それにショックを受けたのが朝木の自殺の動機」などという唾棄すべき噂が、創価学会関係者などから流されている。〉

 乙骨は矢野と朝木に関する不適切な関係と手癖に及ぶ噂が事実ではないと、気を利かせて否定しようとしたものと思われる。しかし矢野と朝木にとっては、記載自体か表現方法にやや問題があると思われたのかもしれない。

 さて、その乙骨も『週刊現代』とは知らない関係ではなかったと思うが、はたして「『週刊現代』の取材はいっさい受けていない」という朝木の主張をどう受け止めたのだろうか。乙骨としても同時に両方の顔を立てることはできず、さぞかし複雑な心境だったのではあるまいか。

朝木を信頼していた担当者

 いずれにしても朝木の主張は『週刊現代』にとっては裁判の上でもマスメディアの責任という意味でもきわめて重大な問題である。記事内容の真実性以前に、コメントも捏造だったということになれば社会的信用は地に墜ちよう。しかしこの時点で講談社側はカヤの外だった。講談社側は朝木が『聖教新聞』を提訴した事実はもちろん「『週刊現代』の取材はいっさい受けていない」と主張している事実も知らされていなかったのである。

 講談社担当者の陳述書によれば、朝木が『聖教新聞』を提訴してから20日後の平成8年8月27日には、『週刊現代』裁判の講談社側と朝木側の打ち合わせが霞が関の東京弁護士会館で行われる予定になっていた。ところが朝木側は無断で30分以上も遅刻してきたという。このとき担当者は朝木側になんとなく不信感を持ったという。

 つまり講談社の担当者はそれまで朝木を信頼していた一方、提訴から20日たっても、朝木が『聖教新聞』に対する訴状で「『週刊現代』の取材はいっさい受けていない」と主張していることを知らされなかったということだった。それから間もなく担当者は、朝木が「『週刊現代』の取材はいっさい受けていない」と主張していることを知り、朝木に対する「不信感は決定的」になったと述べている。

 なお、この担当者とは『週刊現代』編集長ではなく、問題の記事を直接担当した編集者で、記者の取材に基づいて記事を作成した人物である。裁判資料によれば、彼は記事担当者として取材経過をよく知っているだけでなく矢野、朝木とも直接会っており、裁判でも講談社側の当事者として関与していた。

(つづく)
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