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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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『週刊現代』事件 第10回
アリバイ工作の舞台で初会合

 朝木直子と大統が『週刊現代』にコメントしたことが事実であることについて講談社の代理人が最初に確認作業を行ったのは、朝木が『聖教新聞』事件の訴状で「『週刊現代』からはいっさい取材も受けておらず、コメントもしていない」と主張したあとではない。

 平成7年10月6日、問題の『週刊現代』の記事をめぐり、創価学会が講談社と朝木父娘を提訴したことで同年10月17日、講談社と朝木側は訴訟対応のための会合を持った。問題の記事の担当者の陳述書によれば、講談社としての会合の目的は同社法務部門を紹介するとともに、同社の代理人が相被告となった朝木父娘の代理人も受忍する必要があるかどうかを確認することにあったという。

 初会合が行われたのは東村山市久米川町にあるファミリーレストラン「びっくりドンキー」。朝木明代の万引き事件で、矢野が「食事をしたのを思い出した」としてアリバイ工作の舞台に使った場所である。担当者の陳述書によれば、出席者は、講談社側が代理人弁護士、朝木が発売日に抗議の電話をしたと主張している担当者(発売日に「草の根」事務所に行った人物)、『週刊現代』編集次長、法務担当の4名。朝木側は朝木直子、矢野穂積、朝木大統、支援者の小坂渉孝の4名のほかに、奥に乙骨正生が座っていた。

 担当者は「朝木側の出席者になぜか乙骨がいて驚いた」と述べている。初顔合わせの場に乙骨がいた理由はわからないが、当時の矢野・朝木との関係の深さを物語っていよう。矢野とすれば、そのうち何かの役に立つかもしれないという計算でもあったのだろうか。いずれにしても当時、乙骨が『週刊現代』よりも朝木側により近い存在だったことは明らかだった。

言質を取った代理人 

 さて担当者の陳述書によれば、「会合は友好的に進み」、代理人は朝木側に対してまずこの間の創価学会の動きや「創価学会弁護団の実態」などを説明したという。またその際に、代理人は朝木側に対して「コメントを出したことが問題となっていますが、言った言わないの話にはなりませんね」と確認した。するとこれに対して矢野は、はっきりと「そのようなことはありません」と答えた。会合の間に朝木側から「コメントはしていない」など記事に対する抗議はいっさいなかったという。
 
 のちに代理人が明らかにしたところによれば、訴訟遂行の実務を任されている代理人として、この会合の目的はたんに協調して訴訟に対応することを確認し合うことなどではなく、「朝木父娘がコメントした事実」を確認することにあった。代理人としては記事の前提である朝木のコメントの事実が揺らぐようでは訴訟方針も立てられない。代理人が朝木父娘がコメントしたという事実をまず固めることが先決と考えたのは当然だった。したがって、代理人としては「言った言わないの話にはならない」という矢野の言質を取ったことで十分会合の目的を達したのである。

 また代理人がのちに述べたところによると、この時期すでに「失明状態」にあったはずの大統は普通にハンバーグを食べていたという。大統も「失明状態にあったから取材を受けていない」とすれば、その場でなんらかの抗議があってもおかしくない。しかし担当者の陳述書には出席していたこと以外に特段、大統に関する記述はない。朝木側から大統のコメントに関して抗議等なんらかの特別な印象に残る発言はなかったということと理解できよう。

 なお担当者の陳述書によれば、担当者が朝木側に対して講談社の代理人が彼らの弁護も受忍した方がよいかどうか打診したのに対し、朝木側はこれをあっさり断り、独自の代理人を立てると答えた。この時点で朝木側は委任を予定している弁護士の名前を挙げたものの、まだ打ち合わせができていないとし、具体的な応訴方針を述べなかった。

 講談社側は、朝木が代理人との打ち合わせを終えた段階で弁護士同士で連絡を取りたいと述べ、「いっしょに頑張りましょう」ということでこの日は別れたという。無理もないと思うが、この時点で講談社は、朝木が別の代理人を立てたことが何を意味するのか、また将来的にどんな事態をもたらすのかなど、考えもしなかった。

講談社からの証言依頼

 裁判ではもちろん、この初会合で講談社代理人に対して矢野が「言った言わないの話にはならない」と答えた事実があったかどうかも争いとなった。この点について講談社が証言を依頼したのが、当時は朝木側の人間として会合に立ち会っていた乙骨正生だった。乙骨は問題の記事にコメントするなど、『週刊現代』編集部とも旧知の関係にある。

 さすがの乙骨も、事件発生から1年後に『週刊現代』と矢野・朝木が普通ではあり得ないかたちで敵同士となるとは思ってもみなかっただろう。憶測、邪推、ほのめかしで構成された『怪死』の全面的な取材源である矢野、朝木と、今後も良好な関係を維持したいメディアとの間で乙骨は、どちらかが間違いなく不利益となる証言をしなければならない立場に立たされたのである。

 ただ講談社から証言を依頼された時点で乙骨は、どんな証言を期待されているかを理解しただろう。証言を引き受けるということは、朝木にとって不利な証言をするということなのである。それを避けるには講談社の依頼を断るしかないが、乙骨は講談社の依頼を応諾した。

 それがどの程度積極的なものだったかは別にして、乙骨が証言を引き受けた背景には2つの事情があったと私はみている。1つは、『怪死』出版後にその内容(「朝木さんに対しても、『万引き常習者』だの『家族揃って万引きをしている』などと、それこそ根も葉もない誹謗中傷」など)をめぐり朝木から法的措置をとられたことで、朝木と矢野に対する信頼感は平成7年9月当時とは微妙に異なっていたと考えられること。

 もう1つは、「言った言わないという争いにはならない」と矢野が明言した場面に乙骨が立ち会っていたことを講談社側も現認していることをよくわかっていたことである。証言の依頼を断るということは講談社側が目撃した事実をも否定することになる。乙骨にもそれはさすがにできなかったのだろう。

乙骨は「びっくりドンキー」でのやりとりについて次のように証言した。



(矢野の回答に関する乙骨の証言)

 ○○弁護士(筆者注=講談社代理人)から朝木サイドに対して『言った言わないという争いにはなりませんね』という確認があり、それに対して朝木サイドが『それは大丈夫です』と答えたと記憶してます。一方講談社サイドは、『とりあえず安心いたしました』と。



 この局面に限れば、乙骨は事実をありのままに証言した。ただこの事実の内容、すなわち矢野が「言った言わないという争いにはならない」と明言したにもかかわらず、1年後に朝木が「取材も受けていない」と主張しはじめたことについて乙骨がどう考えているのかは定かではない。
 
(つづく)
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