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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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『週刊現代』事件 第11回
いなかったことにされた乙骨

 初会合の席に朝木側として同席していた乙骨正生は、矢野が「(問題のコメントを)言った言わないの話にはならない」と回答したことを証言した。「取材さえ受けていない」と主張している朝木にとって、彼らの全面的な協力によって『怪死』を出版し、当時は朝木側の立場で出席していたジャーナリストが彼らの主張を否定する証言をしたことを容認するわけにはいかなかったようである。

 担当者の陳述書によれば、朝木側は乙骨の証言を否定するために、その会合に朝木側から出席していたもう1人の人物、小坂渉孝の陳述書を提出している。小坂は乙骨の証言を否定するために陳述書で「乙骨氏は同席していなかった」と述べていた。同席していない者にわかるはずがないというのである。

 私の経験上でも、小坂は5分前に存在していない事実を「存在した」と主張できる特異な能力の持ち主である。何人の人物が現認した事実であろうと、「いや、なかった」と主張することなど何の苦もあるまい。

 ところで陳述書は本来、自分が実際に見たり、経験した事実を述べるもので、主張や論評を述べるものではない。ところが小坂は「乙骨氏は同席していなかった」と述べた上で、あえて「乙骨氏は講談社から仕事をもらっているから、事実でないことを述べている」などと乙骨を批判していたという。乙骨は事実よりも利害関係を優先したという意味だが、ジャーナリストに対するこれほどの侮辱はない。

 朝木がこの陳述書を証拠として提出したということは、このような論評を加えることを矢野も朝木も容認したということとみなされても仕方あるまい。とすれば、矢野と朝木にとって乙骨がどの程度の存在だったかをうかがい知ることができるのではあるまいか。『怪死』出版当時はまだ利用価値があった、ということだろうか。

「講談社は沈黙した」と朝木

 矢野が講談社の代理人に対して「言った言わないの話にはならない」と回答したと担当者らが主張している点について、朝木自身は陳述書で次のように述べた。



(「言った言わないの話にはならない」に関する朝木の陳述書における主張)

 先ず、矢野議員が「この記事には発言していないのに、発言したと書かれている部分がありますよね。私も直子さんも、どの社にも同じ内容のお話しかしていませんよ」と切り出して、私も「父も私も『朝木明代が創価学会に殺された』という発言はどのマスコミにもしていませんし、『週刊現代』にもこういう発言はしたことはありません」とはっきり伝えました。講談社側は、反論することもせず、沈黙していました。民事訴訟に私達を巻き込んでしまったことは、申し訳ないという恐縮した態度でした。

 私は、本件記事の合計5箇所の記述について、私たちが発言していない点だけははっきり伝えておこうと考えて、再度「このような発言はしていないことはおわかりですよね。取材もしていないんだから、取材の録音テープだってないでしょ。」と尋ねたところ、講談社側は「録音テープはありません」という答えが返ってきましたので、このときの会談のやりとりで、講談社側は、私と父が右発言をしていないことは十分に理解されたものと考えました。



 朝木の陳述書では、問題の『週刊現代』が発行されたあと、朝木がただちに担当者に電話して「取材も受けておらず、コメントもしていない」とする電話をかけており、講談社側は朝木の主張を承知した上でこの会合が行われたというストーリーになっている。

 その上で、矢野が講談社代理人から確認を求められたのに対して「言った言わないの話にはならない」といったどころか、逆に矢野の方から「言っていない」と切り出したのであり、さらに朝木が講談社側に対して「録音テープもないでしょ」とたたみかけたというのが事実であると主張している。録音テープなど存在しないことを承知の上でそう記載したのだろう。もちろん裁判所はこのストーリーは無視したが、彼らなりに念入りにストーリーを練り上げた跡がうかがえる。

 朝木の上記陳述書の内容については当然、講談社の代理人が尋問で取り上げた。そのやりとりをみよう。



(「言った言わないの話にはならない」に関する朝木に対する尋問内容)

講談社代理人
  95年10月17日にお会いしましたね。その時に私から、「言った、言わないということであとで問題になるようだったら話にならないですけれども、そういうことにはなりませんね」、ということを確認を取られた記憶はありますか。

朝木  私はちょっとそういう記憶はありませんですが。こちらから「発言はしていない」ということは申し上げてあります。

代理人  それで、こちらが沈黙したというの? 私は当日その確認だけ取りに行ったんです。弁護方針を立てるために。

朝木  でしたらどうして……。

代理人  聞かれたことだけに答えて下さい。その確認だけ取りにいって、それに対してあなたが言っていないということで、弁護士が「はい、そうですか」で沈黙するんですか。よく記憶を喚起して下さい。



 担当者と乙骨は陳述書で、この日の会合について「友好的に進み」「いっしょに頑張りましょうということでこの日は別れた」と述べている。それが事実と仮定すれば、弁護士がコメントの事実だけを確認するためだけに東村山まで出向き、コメントの事実を否定されたとすれば、会合が「友好的に進む」ことは考えられない。

「乙骨も大統もいなかった」

 朝木側は矢野の「言った言わないの話にはならない」とする回答が事実であるとした乙骨の証言について、支援者の小坂渉孝が「乙骨はその場にいなかった」と証言することで乙骨証言の信憑性を否定しようとした。講談社代理人はこの点についても朝木に聞いた。



(乙骨の存在に関する朝木の供述①)

講談社代理人  そのときいた方は他に誰がいましたか。講談社側と朝木さん側の他に、いらっしゃった方はいませんか。

朝木  私と矢野さんがこちら側ではいたと思います。あともう1人市内の方が1人いらっしゃいます。

代理人  それから大統さんもいらっしゃったね。

朝木  いや、父は行ってません。

代理人  それから、ほかには。

朝木  あと私の弟がいたかもしれませんが。

代理人  それからあとは。

朝木  あとはちょっと記憶がありません。

代理人  乙骨さんはいらっしゃいましたね。

朝木  ちょっと私は記憶ないです。

代理人  乙骨正生。

朝木  はい、乙骨さんは存じてます。



 朝木も「市内の方」すなわち小坂はいたが、乙骨については「記憶がない」という。「いた」という記憶がないといっているのか、「いたともいないとも憶えていない」という意味なのか明確でないが、「いた」と明言するものでない以上、朝木も婉曲に「乙骨はいなかった」と主張しているものと理解すべきだろう。出席していない人物の証言は「証言」とはいえず、信用に値しないと主張しているに等しい。

 ここでもう1点注意しておくべきは、朝木が大統についても講談社側の証言とは異なり、出席していないと供述したことである。当時、大統は「失明状態にあった」ことになっていたから、この会合にも出席していなかったということなのだろうか。ただこの供述はのちに、朝木供述全体の信憑性にも関わってくることになる。

(つづく)
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