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『週刊現代』事件 第12回
論点をそらした朝木

 講談社の代理人から初会合の席に乙骨がいたのではないかと聞かれた朝木は、「乙骨さんは存じてます」とあえて「ただ知っているだけ」の関係であるようないい方をし、「乙骨は出席していなかった」と供述した。これに対して講談社の代理人は乙骨の具体的証言を示して突っ込んだ尋問を行っている。



(乙骨の存在に関する朝木の供述②)

講談社代理人
  これは証拠には出してないけれども、『怪死 東村山女性市議転落死事件』、教育史料出版会から本を出されている、いわゆる創価学会のウォッチャーですね。

朝木  というふうに聞いております。

代理人  で、草の根事務所にもよく出入りされている方。

朝木  はい。



『怪死』によれば、乙骨は朝木明代の死亡が確認された日の午前6時ごろ、矢野から第一報を受けた。マスコミ関係者の中で遺族関係者から最初に連絡を受けたのは乙骨だったのではなかったか。かなり親密でなければ、そんな早朝に連絡することはあるまい。もちろん朝木とも、その後の取材の過程においてそれなりの信頼関係を築いていたことは間違いないと思われる。

 その朝木が代理人から乙骨の簡単なプロフィールを聞かれて、「(創価学会のウォッチャー)というふうに聞いております」とはまた、かなり距離を置いた物言いである。「こんな重要な会合に呼ぶほどの関係ではない」といいたかったのだろうか。続く尋問を聞こう。



代理人  この方が当日のびっくりドンキーの打ち合わせに出ていらっしゃったんですけれども、……(講談社)弁護士から朝木サイドに対して「言った言わないという争いにはなりませんね」という確認があり、それに対して朝木サイドが「それは大丈夫です」と答えたと記憶してます。一方講談社サイドは、「とりあえず安心いたしました」と、こういうことになってるんですけれども、あなたはこれでも記憶は喚起できませんか。

朝木  それは○○先生(筆者注=講談社代理人)が、それは私たちが合意したとおりに、私たちが発言したというような前提で先生が訴訟を進めるということではなかったんじゃないですか。

代理人  事実を聞いてるんだから、事実で答えて下さい。こういうことを乙骨さんがおっしゃてるけれども、あなたはそういう記憶は喚起できないんですか、どうですかというふうに聞いてるんです。喚起できないならできないでけっこうですよ。

朝木  こちらは発言してないという前提で訴訟を進めるということで合意しました。そういう意味だったらあり得ますが、○○先生(同)は(平成8年)1月25日の会談のときにも準備書面を書き換えて下さってるじゃないですか。確認して下さい。

代理人  私が今聞いてるのは、びっくりドンキーの会合の席上でのことを乙骨さんがこう述べてるんだけれども、あなたはそういうことを○○(同)との間で確認して答えた記憶はないんですか、と聞いてるんです。

朝木  私は先生の言葉を細かく覚えていたわけではありませんが……。



 講談社の代理人は具体的に乙骨が証言した講談社側と朝木側のやりとりの内容を示し、その事実について記憶がないかどうか朝木に聞いている。ここまで具体的に聞かれれば、聞かれた事実について憶えているか憶えていないか答えるのが普通だろう。ところが朝木は、聞かれた単純な事実に対しては頑として答えようとはしなかった。

 この場合、朝木が単純な事実について素直にイエスかノーで答え、それが信用できないと判断された場合には心証が悪化することは避けられない。それよりも質問をはぐらかしつつ、趣旨として講談社側の主張を否定する方が賢明と考えたということらしい。

 ただもちろん、イエスかノーかの質問に正面から答えなかったこと自体、講談社側の主張を覆せない証拠であるという心証を形成されかねないことも覚悟しなければならない。事実、「そのようなコメントはしていない」という朝木の主張を裁判所は事実とは認めなかった。

こぞって乙骨を排除

 講談社の代理人が朝木側に対して「言った言わないの話にはなりませんね」と確認した会合に乙骨が出席していたかどうかについては、創価学会の代理人も朝木に聞いている。朝木側が「それは大丈夫です」と答えたとする乙骨の証言は重要であると認識していたということである。

 乙骨がこの会合に出席していたかどうかについて、朝木は講談社代理人による尋問では「記憶がない」と供述し、出席していたかどうか明言はしていなかった(=前回)。そこでまず創価学会代理人は、「記憶がない」という供述が「乙骨は出席していなかった」という意味なのかどうかを朝木に対してまず確認した。すると朝木はそれが「出席していなかった」という意味であるとあっさり認めた。その上で代理人は、他の朝木側出席者がその点についてどういっているかを聞いている。



(乙骨の存在に関する朝木関係者の「認識」)

代理人
  その件については矢野さんにも聞きましたか。確認しましたか。

朝木  はい。

代理人  矢野さんは何と言ってましたか。

朝木  矢野さんも、記憶がないという話です。

代理人  ほかの、小坂さんもいなかったと、こう言ってるわけね。

朝木  小坂さんはかなりはっきりと憶えてらっしゃって、それはちょっとあり得ないんじゃないかというようなお話をなさってました。

代理人  乙骨さんがこの席に、講談社の方は出ていたと、こういうふうに言ってるんですけれども、あなた方のグループというかあなたも矢野さんも、乙骨さんはいなかったんじゃないかと、こう思ってると、こういうことなんですね。

朝木  はい。



 朝木によれば、この会合で矢野は〈「この記事には発言していないのに、発言したと書かれている部分がありますよね。私も直子さんも、どの社にも同じ内容のお話しかしていませんよ」〉と切り出したという。すると矢野にとっても朝木にとっても、この会合は「コメントをしていない」ということを講談社側に改めて確認させる重要なものだったはずである。その会合に乙骨が出席していたかどうか、矢野に「記憶がない」という程度の記憶しかないということはあり得ない。

 矢野も朝木も乙骨の存在を否定するにあたり「記憶がない」と直接的な表現を避けた。裁判では第三者が否定してくれた方が客観性がありそうにみえると考えたのだろう。そこで、会合の出席者で、かつ裁判では当事者ではない小坂が矢面に立ち、矢野と朝木は「記憶がない」と間接的に否定することにしたということではあるまいか。

 講談社側が朝木側に対してコメントの事実を確認したのに対して矢野(朝木側)が「言った言わないの話にはならない」と答えたとする講談社側の主張が真実なのか、あるいは矢野が「この記事には発言していないのに、発言したと書かれている部分がありますよね」などと切り出したとする朝木側の主張が真実なのか――。乙骨の存在が少なくとも当事者間でこれほど重要な争いとなったのは、乙骨の証言がこの重要な争点と密接に関係しているからである。

 裁判所はこの点について具体的な判断を示していない。しかし「コメントはしていない」とする朝木の主張を認めなかった判断から類推すれば、やはり乙骨の証言を信用したものと考えるのが自然である。すると、矢野と朝木は当時、講談社よりも親密な関係にあった乙骨を初会合の席に同席させたが、問題のコメントの存在を認めた重要なやり取りについて乙骨がありのままを証言したため、今度は小坂と口裏を合わせ、乙骨がその場にいなかったことにしようとした――ということになる。

 乙骨がその会合に同席したことには、それまでの経緯や背景、思惑も含めた乙骨なりの意思もあっただろう。矢野らが乙骨の同席を否定するということは、それらをもすべて否定するということである。矢野と朝木にとって乙骨とはその程度の存在だったということだろうか。

 あるいはこう言い換えた方がより適切なのかもしれない。矢野と朝木は『週刊現代』を裏切り、その裁判の過程で乙骨正生をも裏切っていたのである、と。

(つづく)
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