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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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『週刊現代』事件 第14回
手を引かなかった朝木

 朝木は裁判開始から1年も経過したあとになって、「『週刊現代』の取材はいっさい受けていないし、(『明代は創価学会に殺された』)などというコメントはしていない」と主張し始め、裁判では「取材を受けていないことは『週刊現代』発売当日に編集部に電話して、担当者にその旨を伝えた」などと主張した。これに対して講談社側はコメントを捏造した事実はなく、朝木らが『聖教新聞』を提訴するまで「『週刊現代』の取材は受けていない」などと主張した事実もないと述べている。

 その点について、平成7年10月17日に講談社側と朝木側が初めて顔合わせをした際に、講談社代理人が朝木側に対して「言った言わないの話にはなりませんね」という確認があり、矢野がはっきりと「そのようなことはありません」と答えたと担当者は証言した。また講談社は朝木側の立場で会合に同席していたジャーナリストの乙骨正生に証言を依頼したところ、乙骨は応諾し、同様の証言を行った。

 ところがこの証言に対して朝木側は、乙骨はこの会合に出席していなかった(したがって乙骨の証言は信用できない)と主張するなどして講談社の主張を真っ向から否定したのだった。しかし、もう1人の出席者に関する供述によって朝木は、乙骨に関する供述がいかに信用性のないものであるかを自ら立証してしまっていた。

「もう1人の出席者」とは朝木の父親、大統である。朝木は講談社代理人から初会合の出席者について聞かれた際、大統は会合に出席していないと供述していた(本連載第11回参照)。しかしそれは重大な記憶違いか、意図的な虚偽だったことがほかならぬ大統の口から明らかになったのである。

 一審では大統に対する尋問は行われなかったが、控訴審で東京高裁は大統に対する尋問も必要と判断した。大統に対する尋問が行われたのは平成13年2月1日午前11時だった。

 朝木によれば、平成7年9月の時点で大統はほとんど失明状態にあったという。ところが尋問を傍聴した千葉によればその日、2人は一緒に法廷にやってきたが、朝木は大統の手を引くでもなく、1人で当事者席に入ったという。大統は入口から1人で当事者席まで歩いて行ったのである。

「父親の目が不自由だとすれば、普通は手を引くなりすると思うが、朝木が父親をいたわっているようにはとても見えなかった」

 千葉はそう振り返る。

きわめて素直な供述

 さて、控訴審でも大統は娘と同じく「取材はいっさい受けていない」と主張していたが、尋問で講談社代理人は初会合の日のことについて言及した。代理人は自分の顔を確認させるためにまずこう聞いた。「父はほとんど失明状態にある」と朝木が主張していたからである。



講談社代理人  (代理人は)1メートルくらい前に顔を置きます。朝木さん、私の顔は見えますか。

大統  見えません。

代理人  朝木さん、私と会ったことありますね。記憶あるでしょう。



 代理人がこう聞くと、どうしたことか大統ははっきり「はい」と即答した。大統はよほど記憶力がすぐれていて、顔が見えなくてもそれが代理人の声だとすぐにわかったらしい。いずれにしても、大統がこの講談社代理人と会ったことがあると認めたことはきわめて重要である。続く尋問を聞こう。



代理人  どこで会いましたか。

大統  ファミリーレストラン。

代理人  何というところだったでしょうか。

大統  何というところでしたかね。

代理人  「びっくりドンキー」、よく使われてたでしょう、あの当時。

大統  私は「よく」というわけではございません。



 確かに当時「びっくりドンキー」をよく使っていたのは、万引き事件のアリバイ工作で使った朝木明代と矢野穂積である。しかし大統は、代理人と「びっくりドンキー」で会ったことを認めた。朝木や矢野に比べれば、きわめて素直な供述である。

 では、それはいつ、どんな形で、どんな内容の話し合いがなされた会合だったのだろう。代理人が矢野に対して「言った言わないの話にはなりませんね」という確認をした会合ではない可能性もないとはいえないから、ここは手を緩めずに詰めておく必要がある。代理人は会合の内容を具体的に聞いた。



代理人  私どもと講談社4人で行った記憶ありますね。

大統  何人というのははっきり憶えてません。

代理人  すでに朝木さんたちのグループの方が座られて、あとから行ってあいさつさせていただいたという記憶ありますよね。

大統  はい。



 講談社の社員と顧問弁護士、それに相被告となった朝木のグループが、東村山の「びっくりドンキー」で一堂に会した機会とは、まさに問題となっている初会合以外にはあり得ない。大統はこの時点で初会合に出席していたことを何のためらいもなく認めたのである。

足を引っ張った大統

 一方、この会合に大統が同席していたかどうかを聞かれた朝木は、大統の同席を否定している。創価学会から提訴されていた本人である大統が、相被告である講談社との初めての打ち合わせの席にいたかどうか、朝木が覚えていないということは考えにくい。

 朝木は大統が出席していないと供述した尋問の中で、乙骨の出席も否定している。乙骨の出席を否定したのは乙骨が自分たちに都合の悪い証言をしたからである。大統についても、当時、朝木は裁判で大統を表に出したくないと考えていた。大統も出席していたといえば、大統に対する尋問も必要と判断される可能性がある。だから朝木は、大統は出席していないことにしたのではあるまいか。

 しかし控訴審で、東京高裁は本来の争点であるコメントの有無に関して大統に対する尋問の必要があると判断し、大統に対する本人尋問を行うことにした。一審で朝木はとっさに初会合の席に大統はいなかったと供述したが、その点にまで十分な打ち合わせができなかったものとみえた。

 そんなこととは知らない大統は、初会合の席に出席していたことをあっさり認めてしまった。これによって、初会合の席に乙骨はいなかったとした朝木の供述は著しく信用性に欠けるということがあらためて立証されたのである。朝木は実の父親の正直な供述によって足を引っ張られたということになろうか。無残な親子関係である。

(つづく)
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