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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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「拉致」デマを検証する 第5回
存在し得ない「不審者」

 これまでみてきたように、「4人の男が朝木明代をビルに担いで行くのを見た」というタレ込みはその男自身の反応から捜査の攪乱が目的であることが明らかであり、「9時30分に(明代の転落死に関与した)不審者がいた」という「情報」も明代の自殺を「他殺」と印象付けるためのデマであることが、朝木宅の電話発信記録から明らかである。

 しかも、平成7年9月1日午後9時30分ごろ、明代の自殺現場に隣接する駐車場にはそもそも「不審者」がその車とともに侵入できる可能性は100%あり得なかった。なぜなら当時は現在のような自動式の管理システムではなく、その駐車場には管理室に管理人がいて、常に車の出入りをチェックしていたのである。したがって、矢野や朝木には「不審車」と見えた車が仮にあったとしても管理人から見れば「不審車」でも何でもなく、通常の客だったにすぎない。

 では、矢野らが「不審者」が目撃されたという午後9時30分という時間帯に管理人はもう帰宅していたという事実はないのだろうか。午後10時30分ごろ、マンション1階のモスバーガー店員が転落した明代を発見し、騒ぎになった。その際、交番に届けるようアドバイスしたのが駐車場の管理人だったのである。したがって、その1時間前にも管理人はいたことになる。

 転落した明代が発見された現場に管理人が駆けつけたことについては私も『民主主義汚染』に記載したが、『怪死』と『東村山の闇』でも次のように記載している(なお、管理人の存在を記載している記事は私が調べたかぎり、これだけである)。

〈店長は……ビル横の駐車場の管理人を呼び、街灯を点灯するよう要請。その際、管理人と「救急車を呼びましょうか」と話しあっている。〉(『怪死』)

〈店長は隣接する駐車場の管理人がいるのを認め、駐車場に電気をつけてもらい、「救急車を呼びましょうか」などとやり取りをする。〉(『東村山の闇』)

 午後9時30分に管理人がいたことがわかれば、駐車場内に「不審者」がいて周囲に聞こえるような大声で話し合っているという状況があり得ないものであることは容易に理解できよう。もちろん東村山署は管理人からも事情を聞いているが、管理人が「不審者がいた」などと証言した事実はない。

 乙骨も矢野も、午後10時30分の時点で駐車場に管理人がいたことを確認しておきながら、なぜ9時30分に駐車場内に「不審者がいた」などという話を信憑性があるかのように記載できたのだろうか。矢野はいうまでもなく明代の自殺は「他殺」でなければならないから、前後の整合性などどうでもよく、ただ「他殺」を印象付けられればそれでよかった。矢野と朝木から吹き込まれて「創価学会疑惑」の虜となっていた乙骨は、午後9時30分の「不審者情報」を否定する根拠を自ら記載していたことに気づかなかったもののようにみえる。

 いずれにしても、午後9時30分に管理人が存在していたことは、香川大学の高倉教授が〈東村山事件は創価学会の犯行であると主張・立証しているものである〉と述べる『怪死』と『東村山の闇』、さらには『週刊現代』や幸福の科学の出版物が記載した「不審者情報」の信用性をより明確に否定するものである。

 では、管理人がいた駐車場に「不審者」が侵入する可能性がなかったとすれば、そもそもそんな証言をした第三者など存在しなかったのではないかという疑問が生じよう。実際に、東村山署が行った周辺の聞き込みではそのような証言は得られていない。「2、3人の男が明代を担いでいくのを見た」というタレ込み電話の内容が本人によるデマだったように、この「情報」もまた「不審者がいたという証言があった」と話した人物による作り話だった可能性は否定できまい。

荒唐無稽とは考えなかった教授

 では、香川大学の高倉教授が陳述書に記載した「拉致」情報をどうみるべきだろうか。

 高倉教授が野崎という人物から聞いたという「拉致」の状況は、



〈暴力団員2名が、朝木議員の体をビルの6階の外側に抱え上げて、創価学会に敵対する活動を止めなければ落とすぞと脅していた。ところが、誤って朝木議員を落として死亡させてしまった〉



 というものである。この「情報」を構成する重要な要素は以下の3点に集約できよう。

①男2名が明代をビルの6階の外側に抱え上げた

②ビルの外側に抱え上げて脅していた

③その後、誤って明代を落としてしまった

 この「情報」によれば、暴力団員2名は明代に対して「反創価学会活動を止めろ」と脅していたという。「脅していた」とは、相手がそれを脅しと認識できる状況にあったということを意味する。すると、暴力団員2名は通常の状態にあった明代を現場マンションまで力ずくで拉致し、ビルの外側に抱え上げたということになる。当然、明代は抵抗しただろうが、たった2人で抵抗する大人を人目につかずにマンション6階まで連れて行くのは至難の業ではあるまいか。

 また抵抗すればそれなりの声も上げようし、それを抑えようとする脅す側の声もいきおい大きくなろう。その上、男らは明代を「ビルの外側に抱え上げた」というから、事実ならかなり目立つ状況になっていたことが容易に想像できるが、この暴力団員らは相当に人目につきやすい状況であることをまったく考慮に入れなかったことになる。しかも明代を「抱え上げた」という踊り場は隣接する駐車場に面している。通常はあり得ない話である。

 ではこれほど大胆な2人の犯人は、場合によっては逮捕されてもやむを得ないと考えていたのか。ところがこの2人は〈誤って朝木議員を落として死亡させてしまったと、この暴力団員2名が創価学会の幹部のところに顔面蒼白になって駆け込んできた〉というのである。そんなことなら、そもそも彼らはなぜあえて交番が目の前にある駅前のマンションに明代を拉致し、落とせば死亡する可能性が高いにもかかわらず「ビルの外側に抱え上げ」たりしたのか。支離滅裂というほかあるまい。

 通常の意識があった明代を「ビルの外側に抱え上げ」れば、当然明代は抵抗しただろう。しかし明代が転落した5階と6階の間の踊り場の手すりには明代のものと思われる手指の跡が残されていただけで、そのほかに争った形跡も発見されず、住人も人を脅したり抵抗するような声を聞いていない。また司法解剖の結果、明代の遺体には他人と争った際にできる皮下出血の跡も認められなかった。

 したがって常識的な判断においては、2人の男が意識のある明代を6階まで連れてきて「ビルの外側に抱え上げた」などという話をにわかに信じることはできない。香川大学の高倉教授が聞かされ、事実と考えたという「拉致説」は、「明代をビルの外側に抱えた」とか「脅した」などという具体的な説明によってかえって矛盾を生じさせているのだった。出来の悪い作り話としてまともに相手にされない類の話であると私は思う。

 ところが高倉教授は、これを荒唐無稽な話とは考えなかった。

(つづく)
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