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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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『週刊現代』事件 第24回
「公正な紛争報道」だったか

 講談社は、「紛争報道は民主主義社会において必要不可欠なものである。記事は創価学会側と朝木側のどちらかに偏ることのない公正中立的な紛争報道といえるものであり、朝木側と創価学会側との紛争が公共的関心事であることに照らせば、遺族の声をそのまま伝達しただけの本件記事は名誉毀損の責を負うものではない」などとも主張していた。

 この主張について判断するにあたり、東京地裁はまず次のように述べている。

〈特定の報道が紛争報道として民主主義社会において尊重されるためには、その報道が、紛争当事者の双方について、紛争の原因、当事者の主張及びその根拠等の情報を正確かつ公平に提供していることが必要というべきである。当事者の一方のみに偏った情報を流すだけの報道は、民主主義社会において尊重されるべき紛争報道の名に値しない。〉

 講談社の主張に対する判断を下すために「紛争報道」についての認識を述べたものだが、それにしては最後の一文には一般的認識を超えて、なにか「紛争報道」を装った偏向報道に対する裁判官の怒りにも似た強い意思がにじみ出ているようにも思えた。

 では、東京地裁は「公正中立的な紛争報道」であるとする講談社の主張に対してどう判断したのか。東京地裁は次のように結論付けた。



(「朝木らのコメントを引用しただけ」とする講談社の主張に対する判断2)

 本件記事が紛争報道としての公正中立性を維持していないと判断されることは前記(筆者注=前回参照)のとおりであるから、本件記事が公正中立的な紛争報道に当たることを前提とする被告講談社らの主張は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。
 


 たとえば朝木らのコメントとそれに対する『週刊現代』の論評について東京地裁は、〈本件問題部分の表現は、筆者である被告講談社ら自身が間接的に引用事実の存在そのものを主張していると一般読者に理解されても仕方ないというべき〉と述べている。つまり裁判官は〈当事者の一方のみに偏った情報を流すだけの報道は、民主主義社会において尊重されるべき紛争報道の名に値しない。〉とは、まさに『週刊現代』のことを指しているのだと述べたに等しかった。さらに東京地裁は、

〈一般の読者から見て公正中立性を維持していないと判断される報道については、報道機関自身が間接的に紛争当事者の一方の主張する事実そのものを主張しているものと理解されるのであって、……〉

 と述べ、『週刊現代』もまた朝木のコメントを借りて〈朝木明代は創価学会に殺された〉と主張していると理解されると認定した。

「行動する保守」Aの理解

 余談だが、平成15年11月、元防衛省エリートの太田述正が矢野と朝木によるデマの集大成『東村山の闇』を要約するかたちで紹介し、千葉を誹謗中傷したことがあった。これに対して千葉が提訴したところ、東京地裁はこの引用を太田自身が主張しているに等しいと認定、名誉毀損の成立を認め、太田に対して50万円の支払いを命じる判決を言い渡している。

 のちに「行動する保守」Aはこの判決について、創価学会に有利な判決をする裁判官による不当な判決であると主張しているが、そういうことではないのである。伝聞の伝聞にすぎない与太話を「内部告発」などと騒いだ人物ならではの、目を覆うばかりの短絡ぶりというべきだろう。

 また平成20年になって矢野と結託してデマ宣伝に加担した「行動する保守」らはしばしば「創価学会の関与が指摘されてきた」あるいは「疑惑があるといわれている創価学会」などと間接的表現を用いた。これらの表現も断定表現を避けているものの、全体の論調からすれば、第三者の主張を紹介する形を借りながら、その実質は彼ら自身が「朝木明代は創価学会が殺した」と主張するものにほかならなかった(右翼Mはストレートに「創価学会による殺人事件」と断定して110万円の支払いを命じられた)。

無残な敗訴

 さて東京地裁は、問題の記事において『週刊現代』は朝木父娘と同様の事実を主張しているものと認定した上で、次のように述べた。



(「朝木らのコメントを引用しただけ」とする講談社の主張に対する判断3)

(紛争当事者の一方の主張する事実そのものを主張しているものと理解される)当該報道機関は、報道した紛争当事者の主張の存在についてはもとより、その主張内容それ自体がその重要な部分について真実であることまたは真実であると信じたことに相当性があることを証明しない限り、報道された紛争内容について名誉毀損行為としての不法行為を免れ得ないというべきところ、本件では本件発言部分における朝木らの主張内容それ自体についての真実性ないし相当性の立証がなされていないことは明らかである。



 講談社は朝木がコメントの存在を否定する以前から、コメントの内容は真実を伝えるものではないとして真実性・相当性で争うことを検討さえしていなかった。朝木側と反目し合ったあともコメントは確かに存在したと主張し、それを伝えることには公益性があり、中立・公正な紛争報道であると主張しただけで、朝木のコメントの内容が真実か、そう信じるに足りる相当の理由があったとする主張はしていない。したがって東京地裁は、記事内容の真実性・相当性を検討するまでもなく、講談社の名誉毀損を認定したのである。

 ジャーリズムとしては無残な敗訴というべきだった。記載事実の真実性・相当性を問われたジャーナリズムが、それに対する主張、反論をいっさいしないとは尋常なことではあるまい。しかし朝木明代の自殺をめぐっては、そのような異常な事態が起きたのだった。

(つづく)
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