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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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右翼M事件・債権取り立て編(その6)
透けて見える自尊心

 千葉は平成25年9月4日、右翼Mに対して損害賠償金の支払いを求めて4回目の督促状を送付した。しかし振り込みはおろか、それに対する回答すらなかった。このため同年10月30日、千葉は5回目の督促状を送付した。千葉は右翼Mに対して平成25年11月30日までに全額を支払うよう求めた。

 これに対して前回、前々回の督促は無視した右翼Mから11月1日、回答が届いた。表題には「賠償金云々について」とあった。「云々」とはまた余計な文言である上に、今回の回答には、宛名に「無職・千葉英司殿」とあり、差出人名義の前には対照的に「政経調査会代表」なる肩書が燦然と記されていた。千葉に「無職」という肩書をあえて付けたところに、なんとか千葉を見下さなければ気が済まぬという右翼Mの独善的な自尊心が透けて見える。

 どれほど右翼Mが肩をいからせようがドスを利かせようが、千葉が損害賠償金を請求する側で、右翼Mが千葉に対して損害賠償金を支払わねばならない立場にあるという現実にはなんらの影響もない。空威張りといえばいいのだろうか。

 さて、〈賠償金云々について〉と題する回答書で右翼Mは、まず次のように述べていた。



(〈賠償金云々について〉 1 ※注=番号は便宜上、筆者が付した)

 貴殿から12万1416円の支払い請求を頂いておりますが、私としては未だに支払っておりません。

 本件については、事実に基づいて公正と正義をもって解決したいと考えますが、賛同頂けますでしょうか。



 右翼Mは冒頭でぬけぬけと支払い義務を「未だ遂行していない」と述べた上で、〈公正と正義をもって解決したいと考えますが、賛同頂けますでしょうか。〉などと千葉を揶揄している。この時点で、右翼Mの回答が常識をはるかに逸脱しており、とうてい歩み寄る余地のないものであることは明らかだった。法廷内で裁判官を追いかけるという前代未聞の比類ない愚行に駆り立てたのも、このような右翼Mの尋常とはいえない基本認識にあったのだろう。

揚げ足取りを狙った右翼

 しかし右翼Mは、上記の「提案」を特段突飛なものとは考えていないらしく、続けて「損害賠償金を支払う必要があるか否か」について勝手に検討している。右翼Mの底の浅さがよく現れているので紹介しておこう。



(〈賠償金云々について〉 2)

1.事実であれば賠償責任

 弊会が発行した政経通信記事によって貴殿の「社会的信用及び評価が低下させられた」、という訴えが事実であるとするならば、私としては貴殿に対し謝罪し、貴殿が請求するところの賠償金を支払うべきであると思慮致します。

 しかし、その前提として記事内容が悪意を持ったデマ、事実誤認、虚偽であった場合に限定されます。



 この部分だけを読んだ読者にはまともに聞こえるかもしれないが、その判断はすべてとっくに裁判所が行っていて、その上で右翼Mに対して損害賠償の支払いを命じているのだから、やはりこの言い分が正常であると評価するのは難しかろう。

 ところが、右翼Mは続けて勝手に「記事内容が悪意を持ったデマ、事実誤認、虚偽」だったか否かの検討を行うのである。今度はいったい何をいい出すのか。



(〈賠償金云々について〉 3)

2.「信憑性が高い」と、千葉英司が判断

 国立香川大学教育学部教授高倉良一は自身のブログ平成25年6月17日付において、「野崎証言に基づき、東村山事件は創価学会による殺害犯行との記事」を掲載しています。

 貴殿が平成25年7月23日、高倉氏に対し発行した質問状においては「国立大学教授の貴殿による本件記事は、一般読者に対し信憑性が高いと認識させることから社会的反響は大きい。」、と述べています。

「創価学会による犯行」という記述は、既に大きな社会的反響をもって一般的に流布されていると、貴殿が認めているではないですか。

 貴殿が訴えるように私を含めた一般読者は高い信憑性のもとに事実として認識している事柄なのです。

 こういった既に高い信憑性を伴った事実との判断を下されている記述に対し、損害賠償を支払う必要はありません。



 右翼Mの思考をたどっていくと、なにやら額のあたりに澱みに似た黒い影が不意に覆い被さったような暗澹たる思いを禁じ得ない。この右翼は千葉が香川大学教授に送付した質問状の中の文面(上記の部分)についてどうやら揚げ足が取れるとみたようである。

 千葉はもちろん「自殺」と判断したのであって、高倉の主張が事実であるなどと認めているのではない。したがって千葉の質問状の趣旨は、朝木明代の自殺は「創価学会による殺害犯行」とする高倉教授の主張内容は捜査結果に反するものだが、明代の自殺に関する事実関係についてなんらの知識も持たない一般読者がこの記事を読めば、国立大学の供述が書いた記事だから信憑性が高いと認識させる(可能性がある)――というものである。

 右翼Mは「国立大学教授の貴殿による本件記事は、一般読者に対し信憑性が高いと認識させることから社会的反響は大きい。」との部分について、

〈既に大きな社会的反響をもって一般的に流布されていると、貴殿が認めている〉

 と飛躍するが、千葉は〈既に大きな社会的反響をもって一般的に流布されている〉などといっているのではなく、「このまま放置されれば大きな社会的反響をもって一般的に流布される可能性がある」といっているにすぎないことは明らかである。

 またその後、千葉が上記質問状を送付し、高倉が千葉の質問にはいっさい回答していていない事実を読者も高倉のブログから知るところとなっている。高倉が千葉の質問に回答しなかったことは、問題の記事に記載した伝聞には裏付けがないことを認めたに等しい。この事実は右翼Mがこの回答書を送付する2カ月も前に明らかになっている。

 ところが右翼Mは、「東村山事件は創価学会による殺害犯行」という事実は、

〈貴殿が訴えるように私を含めた一般読者は高い信憑性のもとに事実として認識している事柄なのです。〉

 などと主張している。しかし千葉は質問状で、大学教授の高倉が主張するとその肩書によって「信憑性が高いと認識される恐れがある」といっているだけで、「(朝木明代は創価学会に殺されたとする事実が)高い信憑性のもとに事実として認識している」などとは一言もいっていないのである。

 つまり、千葉の質問状は高倉の記事に対する将来に向けた懸念を表明しただけであるにもかかわらず、右翼Mの主張においてはいつの間にか、すでにデマが事実として認識されていることになっていることがわかろう。前提事実のすり替えである。このあたりの狡猾さは東村山市議の矢野穂積を彷彿とさせるものがある。

「信憑性」に逃げた右翼M

 ではなぜ右翼Mは、千葉が質問状において〈既に大きな社会的反響をもって一般的に流布されている〉と認めたなどと論理をすり替えたのだろうか。いうまでもなく、自分が矢野らのデマと「行動する保守」Aの「内部告発」という与太話を妄信したことも仕方がなかったのであり、違法ではない(だから損害賠償の支払い義務もない)と主張するためである。

 しかし、この右翼Mの主張はまったくピントがずれている。千葉との間で争点となったのは右翼Mが「明代の転落死は『他殺』だったにもかかわらず、千葉が創価学会と結託して『自殺』にすり替えた」「千葉は今でも創価学会シンジケートで繋がっている」などと記載したことの正否であって、右翼Mが「朝木明代は創価学会に殺されたのだ」と信じ込んでしまったことの正否ではない。したがって、右翼Mがみごと揚げ足を取ったつもりの上記2の詭弁は、千葉との裁判においてはそもそも何の役にも立たないのだった。

 そのこと以上に無残に思えるのは、右翼Mは自分が矢野らのデマや「行動する保守」Aの与太話を信じてしまったことについて得意気に自己弁護はしたが、自己正当化にとらわれるあまり、それが何を意味するかについてまったく自覚していないようにみえることである。

 右翼Mはすでに、たとえば高倉が聞かされたような一方的な情報だけではなく、警視庁がいかなる捜査結果によって自殺の判断をしたのかを裁判の過程で知り得たし、自分を含めて「行動する保守」らが「明代が他殺された」とする事実を何一つ立証できなかった事実を知っている。

 そのような立場にある右翼Mがいまだに客観的な根拠を示すことなく「信憑性」だけを声高に主張するとは、「『信憑性』という文言に逃げた」といわれても仕方がない。証拠ではなく「信憑性」に逃げるとはどういうことか。右翼Mは「『明代は殺された』という事実は立証できない」(=すなわちデマ)ことを自白したに等しいのである。

(つづく)
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