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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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右翼M事件・債権取り立て編(その8)
野方署に滞在していた右翼M

(千葉を知る人物が読んでいなければ社会的評価が低下したとはいえないとする主張とは必ずしも噛み合わないが)「『政経通信』は不特定多数に配布されていない」と主張するために、さらに右翼Mは主張を重ねている。次に持ち出したのは千葉が提出した証拠についてである。



(〈賠償金云々について〉 5)

4.悪質なる自作自演の千葉英司

 原判決を導き出す審理の途上において貴殿は甲14・15号証を提出した。私はこれを貴殿による自作自演であると断定した。

原判決においては、私の主張を否定していない。貴殿は本件を不服として控訴の意志を示さなかった。貴殿が提出した甲第14・15号証は私から高額なる賠償金をむしりとるために(=原文ママ)悪質なる諜報活動と判断してよいのか。



 右翼Mがいう「甲14・15号証」とは平成22年の4月ころ、東村山市内に配布された平成21年9月1日付「政経通信」第38号の縮小コピー版およびその事実を証言した陳述書等である。千葉はすでに右翼Mが立川駅前で街宣した際にも不特定多数に配布したこと、新宿の「模索舎」でも販売されていることを主張していたが、東村山市内でも「政経通信」が縮小コピーされた形で配布されていた事実を聞かされ、証拠として提出したのだった。これに対して右翼Mは、

〈被告が東村山市内に配布した事実はない。当日、被告は警視庁野方警察署の留置場に滞在していたのであるから、そのような行為をできる訳はない。また、(平成22年)3月18日からの留置・拘留であるから、第三者に指示して配布させたということも不可能である。〉

 などと主張した。だから、これは千葉による〈偽装工作〉であるというのだった。控訴理由書においては〈自作自演〉とも主張している。

 確かに東村山市内で「政経通信」の縮小コピーが配布された当時、右翼Mが野方警察署の留置場に長期滞在していたことは疑いのない事実である。当時、烏合の衆なりに一応はまとまっていた「行動する保守」一行は右翼Mの早期釈放を求めて野方警察署に押しかけた。

 しかしいったん原本が特定、不特定多数を問わず配布されている以上、右翼Mが指示したしないにかかわらず、第三者によってそれがコピーされ、さらに別の第三者へと流布される可能性は否定できない(東京地裁はさらに〈政経通信の配布による本件記事の伝播可能性は極めて明らかである〉と述べている)。私自身も東村山の知り合いからこの縮小コピーを入手し、千葉に提供したのだった。

 当時、かつては右翼Mと共闘し、東村山市内で「朝木明代は創価学会に殺された」とする内容の街宣活動を行った浦安の行政書士が、数人の仲間を引き連れて東村山を再三訪れ、ビラまきを行っていた事実がある。断定はできないものの、彼らが「政経通信」を縮小コピーし、東村山市内にばらまいた可能性は否定できないと私はみている。

冷静さを欠いた判断

 さて、右翼Mは回答書で、「千葉が『政経通信』の縮小コピーが東村山市内で配布されたとして証拠提出したことは自作自演であるとする自分の主張を裁判所が否定せず、その判決に対して千葉は異議を申し立てなかった」とし、だから千葉が東村山市内に配布されたとして「政経通信」の縮小コピーを証拠提出したことは右翼Mが主張したとおりの自作自演で、〈私から高額なる賠償金をむしりとるために(=原文ママ)悪質なる諜報活動と判断してよいのか〉と主張している(なぜここで右翼Mが「諜報活動」という言葉を使っているのかはまったく不明である)。

 東京地裁は、右翼MがJR立川駅前で街宣を行った際に聴衆に配布したこと、〈政経通信は、「政経調査会」あてに直接申し込む方法のほか、……書店「模索舎」で入手でき、被告は、そのことをインターネット上で宣伝している〉ことなどを理由に「政経通信」が不特定多数に配布されたものと認定したが、東村山市内に配布されていた縮小コピーについてはその根拠として挙げていない。回答書で右翼Mはこの点について、〈原判決においては、私の主張を否定していない。〉としてあたかも縮小コピーが千葉による「自作自演」であるとする自分の主張が裁判所から認められたかのように主張しているのである。

 確かに東京地裁は縮小コピーに関する千葉の主張にはいっさい言及していない。しかしだからといって「千葉の『自作自演』」などという右翼Mの主張を認めた事実もない。たんに触れなかったというだけでは、右翼Mの主張を「否定しなかった」あるいは「認めた」ということにはならない。少しは認めてほしいという右翼Mの気持ちもわからないではないが、裁判所が縮小コピーに触れなかったことをもってただちに自分の主張が認められたと考えるのはやや冷静さを欠いており、拙速のそしりを免れまい。

 千葉が縮小コピーを提出したのはいうまでもなく、「政経通信」が不特定多数に配布された事実を立証するためである。東京地裁は「政経通信」が不特定多数に配布された事実を認定したのだから、縮小コピーに触れなかったからといって、千葉がこの点についてわざわざ控訴してまでして反論する必要があろうか。したがって千葉が控訴しなかったことをもって、千葉が右翼Mの主張を認めたかのように主張するのはかなり非現実的な主張というほかない。

 それよりも、裁判所が触れなかったことをもってあたかも自分の主張が認められたかのように主張するとは、右翼Mも裁判所の存在あるいは判決そのものを否定する者ではないということと理解していいということなのだろうか。

(つづく)
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