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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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右翼M事件・債権取り立て編(その9)
自分自身の主張を2度否定

 右翼Mは「政経通信」が不特定多数に配布されたかどうかをめぐり、東京地裁が触れなかった部分について「自分の主張は否定されなかった」(=つまり、千葉の主張が否定された)とし、その理解に基づき千葉に対して「政経通信」の縮小コピーを証拠提出したことが「『諜報活動』と判断してよいのか」などと主張していた。すると右翼Mは、1文字も記載されていない「右翼Mの主張を否定しなかった」とする空想部分を含む東京地裁および東京高裁判決を認めるということなのか。 

 しかしそうではなかった。右翼Mは、続く部分で今述べたばかりの自分の主張をも完璧に否定していたのである。



(〈賠償金云々について〉 6)

5.信じるに足る相当な理由

 本訴において私に10万円の支払いを命じた東京地裁立川支部、及び東京高裁、最高裁の判決は無効である。

 貴殿の主張を全面的に採用することを前提とした茶番劇であり、事実に基づいた明瞭闊達な議論を排除したものである。そこには公正さは微塵も感じられない。



「裁判所の判決は無効である」というのだから、千葉が「政経通信」の縮小コピーを提出したことについて裁判所が触れなかったことも「無効」で、右翼Mの我田引水の解釈も「無効」ということになるのではあるまいか。少なくともこの間の右翼Mの主張は私にはかなり支離滅裂であるように思えてならない。

 それにしても、右翼Mは東京地裁、東京高裁、最高裁という三審の判断を経た本件の判決が「無効である」という。「判決は不当」とか「判決に不服」などという言い方はよく聞くが、これは判決が有効であることを前提とした主張である。ところが判決が「無効」と主張するということになると事情が異なってこよう。

「判決は無効」と主張するからには当然、相応の理由がなければならない。右翼Mがその理由としているのが、本件裁判が〈貴殿の主張を全面的に採用することを前提とした茶番劇(である)〉という主張である。裁判所が千葉の主張を〈全面的に採用〉したというのなら、ここでもまた「千葉の自作自演」とする右翼Mの主張が認められたなどという数行前の主張を否定したことになるが、右翼Mにはもう整合性などどうでもいいのだろう。

裁判官に責任転嫁した右翼

 ではなぜ、本件裁判が〈貴殿の主張を全面的に採用することを前提とした茶番劇〉だといえるのか。右翼Mは次に具体例を挙げて主張している。



 一例を挙げるならば、平成23年7月20日東京高裁第12民事部梅津和宏裁判長判決。

 平成20年7月29日、JR八王子駅前における瀬戸弘幸演説。現職警官による内部告発があった旨の演説を聞いて、殺害は事実であると認識した。これに対し梅津は、瀬戸演説は現職警官からの伝聞であり、警官の氏名が明かされていないからという理由で「信じるについて相当の理由があったとはいうことはできない」、と私の主張を否定した。

 こういった判決を下す裁判官が法と正義に則って、公正な審理を下す人物であると貴殿は認識しているのか。


 
 右翼Mはここでも「明代は創価学会に殺された」と信じたのは「『行動する保守』Aが街宣でぶち上げた『内部告発』(という与太話)による」と述べ、その相当性が排斥されたのは①「伝聞」にすぎないこと②警官の氏名が明らかにされていないこと――という2つの理由だったと主張している。東京高裁がこの2つの理由だけで右翼Mの主張を否定したのは〈貴殿の主張を全面的に採用することを前提とした茶番劇〉だというのである。

 東京高裁が右翼Mの主張する相当性を否定した理由は右翼Mが回答書で主張するとおりだったのか。改めて判決文を確認してみよう。東京高裁は次のように述べている。

〈乙9(筆者注=「行動する保守」Aの「内部告発」街宣の動画)によれば、瀬戸が、朝木市議の転落死事件は殺人であり、犯人3人が特定されたものの、警察側から圧力があって、捜査を断念せざるを得なかったと現職警察官が内部告発により明言した旨演説したことは認められるが、その内容は、内部告発をした上記現職警察官から瀬戸が聞いたとするものであって、あくまで伝聞にとどまり、しかも、その現職警察官の氏名すら明らかにされておらず、その伝聞内容が真実であることを裏付ける根拠も全く示されていないのであるから、控訴人が瀬戸の演説を聴いたからといって、これをもって、控訴人が、朝木市議の転落死が殺人事件であり、同市議の万引き事件は捏造であったと信じるについて、相当の理由があったということはできない。〉

 右翼Mが回答書で述べた上記①②以外にも、東京高裁は③「伝聞内容が真実であることを裏付ける根拠が示されていないこと」も相当性を否定する理由として挙げていることがわかる。右翼Mが主張する事実の真実性・相当性が十分な裏付けによって立証され、客観的に合理性があると判断される場合にはまた別の結論もあり得たかもしれない。しかし右翼Mは真実性を裏付ける根拠をなんら提出できなかったのである。

 右翼Mが主張する事実の相当性を否定した東京高裁の結論に公正性を疑う余地はない。右翼Mの主張が否定された理由は右翼Mの側にあったのである。

「信じて何が悪い」という泣き言

 さらに右翼Mは千葉に対し、泣き言のような質問を並べている。



 もし、貴殿がそのように認識しているのであれば梅津に替わり回答して頂きたい。

 八王子駅前の街頭演説において内部告発を行った現職警察官の氏名を述べるなどということがあり得るだろうか。

 現職警察官の氏名が明らかにされていない演説であったから、信じるには相当の理由がなかったのか。

 現職警官の氏名が明らかにされた演説であったのなら、信じるに相当の理由が生じ、貴殿に対する損害賠償支払いの義務が発生しなかったということなのか。

 そもそも演説の内容を信じるか信じないかは聞いた人間の内心の問題であり、裁判官が感情的になって判断を下せるものではない。



 前述のように、東京高裁が右翼Mの主張する事実の相当性を否定したのは、たんに「内部告発」(という与太話)をした警察官の氏名が明らかにされなかったからというだけではない。仮に明らかにされていたとしても、今度はその内容について真実性が問われるのであり、それだけで相当性が認められるということでもない。

 実際に「行動する保守」Aは、この「内部告発」をしたという警察官もまた、誰かから聞いた話だったと自白している。これでは、この警察官の氏名を明らかにしたところで何の意味もない。右翼Mが信じた「行動する保守」Aの「内部告発」とはそもそも信憑性が問われるようなものですらなかったのである。

 それでも右翼Mはその話を信じたというのなら、それはそれでよかろう。ここまでは右翼Mのいうとおり「内心の問題」である。しかしそのことと、自分が信じた話を不特定多数に向かって発信するということはまた次元が異なる。裁判官が判断したのは、右翼Mの内心の問題なのではなくて、右翼Mが信じたという話を不特定多数に向かって発信したという行為についてなのである。

理解の及ばない「提案」

 そのことが右翼Mには理解できないのか、最後に右翼Mは千葉に対して次のような法秩序を否定するきわめて反社会的な討論を提案している。



(〈賠償金云々について〉 7)

6.自由闊達な議論を提案

 本件処遇においてはファーストステージとして、貴殿が希望するところの東京地裁等を舞台として、審理に応じた。

 セカンドステージとして、私から提案する。社会常識を有した一般社会人を招いた会場において自由闊達なる議論を交えて、貴殿が主張する「社会的信用、及び評価の低下」の実態について討議することを要求する。

 日時、場所等については後日、調整することとする。以上。



 常識が遠く及ばない特異な発想で、もはや論評に値しないというほかない。〈(社会的評価が)低下させられたとの主張を繰り返すのであれば、更に捜索範囲を広げ、大々的に該当者を捜索しなければならない。〉という脅迫的な意思表示といい、この「討議」の提案といい、要するに右翼Mの常識の中では、裁判所の判決が気に入らなければ必ずしも従う必要はないということになっているらしい。

 同じ「行動する保守」一行の中でも、さすがに「行動する保守」Aは千葉に対しても私に対してもすみやかに損害賠償金を支払い、重鎮として範を示したものである。それでも右翼Mが素直に支払いに応じようとしないのは、やはり「責任は『行動する保守』Aにある」という気持ちが強いからだろうか。その認識自体は間違っていないが、「行動する保守」Aの話を無条件に信じてしまった自分が愚かだったということを右翼Mはまず認めるべきなのではあるまいか。

(いったん「了」)
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