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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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『週刊現代」事件 第25回
データ原稿の信用性を認定

 東京地裁は「遺族のコメントを掲載したことは公正な紛争報道であり、名誉毀損はない」とする講談社の主張を認めず、講談社の名誉毀損を認定した。では、「コメントはいっさいしていない」と主張している朝木直子らに対する判断はどうだったのか。

 常識的には、コメントの事実が認定されれば、朝木もまた名誉毀損が認定されることは免れないとみられていた。朝木のコメントは『週刊現代』記者のデータ原稿として編集部に上げられ、記事に反映された。したがって東京地裁はまず、データ原稿の信用性を検討している。

 東京地裁はデータ原稿の信用性を検討するにあたり、その前提として『週刊現代』で作成するデータ原稿が原則として〈取材の直後に取材記者自身が、自身の主観を入れずに取材対象者が話した内容を忠実にそのまま客観的に記す形で作成する〉、〈取材記者が取材の結果を編集部に報告するため、謝罪の過程で常に作成している〉もので雑誌に掲載される記事の直接の元となっており、〈取材を受けた者の生の声を最も直接にそのまま反映している資料である〉と認定している。その上で、本件のデータ原稿の信用性について次のように認定した。



(コメントの存在に対する東京地裁の判断 1)

 データ原稿の役割及びその作成過程に照らせば、一般に取材の有無ないし取材を受けた者の発言内容等の検証においては、データ原稿の記載内容には相当の信頼が置けるものというべきであり、本件の……データ原稿においても、特に右の理は変わるものではない。



 東京地裁は本件における『週刊現代』のデータ原稿の作成について「信頼が置ける」と述べた上で、具体的な記載内容について次のように述べた。



(コメントの存在に対する東京地裁の判断 2)

 本件のデータ原稿の記載内容は、具体的でかつ朝木市議の遺族の発言としては自然なものである。……朝木市議の遺体の解剖方式をめぐる遺族側と警察側とのやりとりが、被告直子の言葉で臨場感豊かに語られているほか、被告直子がまだ幼かったころの母である朝木市議の思い出が具体的に語られており、それが取材に基づかない単なる作文であるとの疑念を抱かせるような事情は全く見当たらない。


 
 東京地裁はこう述べて、データ原稿の具体的な内容についても信用できるものと認定した。朝木がどんなタイミングで、またどういう心境から記者に対して母親の思い出を話したのかなど詳細は不明であるものの、記者が取材メモで朝木のとりわけ「幼少期の母の思い出」を捏造することは考えにくく、裁判官が取材メモの信用性を認める理由の1つとしたことは納得できよう。

 このデータ原稿をまとめた記者はデスクから「できるだけ直子氏にも話を聞くよう」指示されていた。記者が明代の人となりを聞く過程で幼少期の思い出も話した可能性はあろう。なお問題の記事が発行されたあと、その記者は朝木だけでなく矢野穂積とも〈個人的に会食する関係が生じている〉(講談社準備書面)という。

 東京地裁はデータ原稿の信用性に加え、取材記者の証言内容についても、

〈特に、被告大統に対する取材時の状況について供述した……の証言内容は、……同被告の自宅の状況と符合していること、同被告宅を訪問して同被告に取材を申し込んだときの状況についての証言内容も、具体的かつ臨場感にあふれており、作り話であるとの疑いを抱かせる事情は見当たらない。〉

 として、〈被告朝木らに対する取材の経過及び内容に関する限り、その大筋において信用することができるというべきである。〉と認定した(筆者注=いうまでもないが、そのデータ原稿に記載された内容の真実性を認めたわけではない)。

たぐい希な虚言体質

 一方、朝木は記者が朝木宅を訪問したと主張する日には大統は不在で、取材は不可能だったなどと主張し、記者の証言を否定した。朝木の主張に対して東京地裁は次のように述べた。



(コメントの存在に対する東京地裁の判断 3)

 被告朝木らの代理人は……(記者が)被告大統を取材することは客観的に不可能であることを根拠に、同証人の証言は虚偽であり、被告大統が被告講談社から取材を受けた事実はないと主張する。しかし、……右取材日についての証言内容に重きを置いてその証言全体の信用性を検討することは相当ではないというべきである。したがって、(記者)が平成7年9月4日に被告大統を取材したと証言したことを前提とする被告朝木らの代理人の主張は、その余の点を判断するまでもなく採用することはできない。



 東京地裁はこう述べて朝木の主張を排斥し、取材は存在したとする記者の証言について信用性があるものと認定したのである。その上で東京地裁は、「『週刊現代』から取材は受けておらず、コメントはいっさいしていない」とする朝木の主張に対して次のように結論付けた。



(コメントの存在に対する東京地裁の判断 4)
 
(記者ら)の各証言及び供述は、被告朝木らに対する取材の経過及び内容に関する限り、その大筋において信用することができるというべきであり、これに対し、被告講談社から被告朝木らが取材を受けたことはない旨述べる右被告直子の証言及び供述は、右両名の証言及び供述の各内容並びに前記データ原稿の内容等に照らし、信用することはできない。



 東京地裁はこう述べて朝木の主張を否定し、朝木父娘が『週刊現代』に掲載されたコメントをしたという事実を認定したのである。

 明代の自殺直後には好意的に取材に応じてくれていた長女の朝木が、最終的に取材そのものの存在を否定し、「コメントはしていない」と主張するとは、記者も編集者も夢にも思わなかったにちがいない。それが通常の信頼関係というものだろう。しかしそれから1年後、週刊誌記者も想定し得ない事態が起きたのだった。

 この判決から3年前の平成8年、有名な議席譲渡事件の尋問で、朝木は当選を辞退した理由について当初の主張とはまったく異なる理由を持ち出して市民を驚かせた。朝木は自己正当化、あるいは保身のためならどんな嘘をつくことも辞さない特異な人物であることを改めて知らしめたのである。

(つづく)
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